【自己嫌悪兎に愛の手を】
2010年07月06日 (火) | 編集 |
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臨時妃 ・ 原作寄り

【注意事項】

前々ブログ『遥か悠遠の朱空へ』からの再録です。
そしてこちらにUPするにあたり、手直しをしております。














「きっと陛下も呆れてる・・・よね・・・」

雑巾用の水汲みに、一番近い井戸を目指すがその足取りは・・・心無しか重い。
井戸につくと、直ぐに備え付けの桶を井戸内に垂らし汲み始める。
これまた結構大変な一労働なので、何度も来なくていい様に少し大きめな桶を持ってきたのである。
そして汲みながら、もの思いに耽る。

今更だけど、久々にやらかしてしまった。
李順さんは半ば呆れた視線を私に向けてた。
陛下も多分・・・きっと。

「はぁ~~~~」

何度目かの大きな嘆息と共に肩が落ちていく。
やらかした事とは、久しぶりに行われた官吏総ぶれでの私がやってしまった失敗を差している。

官吏総ぶれとは、年に2度ほど官吏の転属時期に王宮に仕官している全ての官吏が一同に会し、陛下よりお言葉を賜る王宮では重要な行事。
それには、唯一の妃である夕鈴も普段より着飾って列席するのである。
そこでやらかしてしまったのだ・・・官吏達の前で、すっこけててしまって陛下に支えられるという大失態を!!

思えば、あの鞜と服が原因で。
あの履き慣れない飾りがゴテゴテ付いていた鞜。
そしていつもよりも長い丈の服。
その慣れない二つの原因によって、裾を踏んでしまった。

倒れ込んだ身体は、もう自分の力ではどうすることも出来なくて、
陛下に抱きかかえて貰うなんてみっともないことになった。

居並ぶ大臣や官吏はきっとこんな妃は陛下には相応しくないと騒めき。
だからやっぱりウチの娘や縁者の方がいいと、コソコソと話している声までも聞こえてくる。

また陛下にとって頭の痛い問題がやってきそうだなんて、
李順さんに言わせれば『なんの為の臨時花嫁なのですか?』となるだろう。

考えれば考えるほど、申し訳なさと情けなさがこみ上げてくる。
だからここ・・・・・後宮立ち入り禁止区域に逃げて来たのだ。
ここなら、私は妃で無くていいから。
タダの掃除婦になれるから。

侍女さん達はあの着飾った姿で陛下が来るのを待ってて欲しそうだったけど、
私はもうこれ以上思い出したくなくて直ぐに普段の姿に戻してもらって、
少し散歩に出る旨を伝えて来た。
掃除婦の姿になるとようやく少し落ち着く事が出来た。

この姿が落ち着くし、一番しっくりとくる。
根っからの庶民だからなんてことは自分でもよく分かってる。
所詮紛い物の妃であると言う事が・・・・。

どんよりとした気持ちが、自分を深海の底へと沈めて行く様な感覚に捉われる。

「ここで、こうしてても埒が明かない。
さぁ~て、張り切って掃除!掃除!」

自分に発破を掛けて、汲み終った桶を『よいしょ!!』と掛け声と共に持ち上げる。
しかし手にどっしりと重みが掛かり、ヨロヨロしてしまう。

どうやら、水を汲みすぎたようだ。
でもまた井戸に戻すのも時間の無駄なので、そのまま運ぶ事にした。
それに桶は持てないほどではないので両手に力を込めてシッカリと持ち、
零さない様にゆっくりと回廊を歩き始めた。

ヒタヒタヒタ。
チャプン、ピチャン。

静かな回廊に、自分の歩く足音と桶の中で跳ね上がる水の奏でる音が響く。
その音にもう一つ、静かで微かな足音が加わった。

そして重かったはずの桶が、急に軽くなった。

「・・・・誰っ??浩大??」
「誰が浩大だ!私だ」
「へっ、へいか~~~~~何してるんですか?」

今一番、会いたくない人物だった。
だから『陛下』では無く、『浩大』だったのだ。
その黎翔はと言うと、浩大と間違えられたことが気に食わないらしく、し不機嫌になっていた。

「こんな重い桶を一人で持って、何をしてるんだ」
「何って・・・掃除です。だって今は掃除婦ですし」

夕鈴は余り構って欲しくないと、黎翔の方は見ないで淡々と答えた。

「ほら、私が持って行くから手を離して」
「そんな陛下にこんなものは持たせられませんから、陛下の方こそ離して下さい。
一人で大丈夫なんですから」
「強情を張らないで、ほら!!」
「いいですからっっ」

そこで立ち止って、自分が、いや自分こそが・・と言い合いになっていた。

「どうして、君はそうなんだろうな」

嘆息を吐くと同時に、夕鈴の桶を握った手の甲を優しく撫でる。
そして軽くパシッと叩いて、手を離させた。

そのまま桶を床に静かに置くと、夕鈴の薄茶色の瞳を見据えた。
でも叩かれた当の本人は、目を見開いていた。
そう、夕鈴は黎翔に叩かれた事に驚いていたのだ。
黎翔は紅い瞳に優しさを称え、仕方ないなぁ~と肩を竦め微笑んだ。

その驚きに落ち着く間もなく立ち竦む夕鈴に、黎翔は黙って抱き締めた。
軟らかい薄茶の髪から香る甘い香りにくらくらと為りながらも、耳元に囁いた。

「夕鈴・・・さっきの事は全く気にしなくていいんだよ。僕は可愛かったと思うし、嬉しかったんだから。
君が気にしてるように見えたから後宮に足を運んでみると、
もう着替えた上に散歩に行ったって事だったから・・・探したんだよ」
「でも・・・・あれじゃ、何のためのバイト妃なんだか・・・」

夕鈴は必死に抗いながら、申し訳無さげに小さく呟く。

「僕がイイって言ったら、誰が何と言おうと大丈夫だし、いいんだよ。
分かった?分かったら『はい』と言う!!」
「・・・・・・・・・はい」
「じゃあ、この件はお終い」

そして、その証にと耳朶にそっと唇を落とした。
瞬間・・・・・・夕鈴は、全身の血が耳に集まったかの様に。
赤く。
そう、熱を帯びて真っ赤に染まった。

「陛下、離してください・・・・」
「離せない、だって気持ちいいんだもん」

「陛下っっ!放して下さいーーーーー。
私は今から掃除のバイトなんですから。
さぁ、さぁ、陛下は政務にお戻りください!!!!」

大きな声で怒鳴る夕鈴にちょっとビックリした黎翔は苦笑しつつ、
名残惜しそうに回した腕を離す。


まだまだかなぁ~僕を受け入れてくれるのは。

そんな事をボンヤリ考えながら、桶を持ち運んで行く夕鈴の後ろ姿を眺めていた。
ジッと黎翔に見つめられていることなんて、気づくはずのない夕鈴はと言うと・・・・。

居たたまれなくて、陛下に怒鳴ってしまったけど・・・・本当は陛下の優しさが嬉しいって思ってしまったのよね。
でも私は、所詮バイトの身だからこんなのは不謹慎だってことは重々分かってはいる。
でもね・・・でもね。
それでもね。

夕鈴は嬉しさのあまり顔の筋肉がすっかり緩んでしまっており。
花咲くような笑顔になっていたのであるが、
回廊を歩く夕鈴の後ろ姿を見詰めていた黎翔はこの笑顔をみる事は、ついぞ出来なかった。




終。





2013.02.04 SNS初載



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