【そして一つの可能性・1】 
2014年11月30日 (日) | 編集 |
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臨時妃 ・ 原作寄り ・ オリキャラ有り 










「うわ~~~~~~なんなの、これは~~~~。」

思わず大声で叫んでしまい周囲を見渡すがしーーんと静まり返っていて、
誰もいなかった事を思い出し安堵する。

久し振りの青慎からの手紙・・・・嬉しくてじっくり読みたくて、
侍女の方々に少しの間一人きりにして欲しいとお願いし下がって頂いていたのだった。

「どうしよう~~~~どうしてこんなことに???困ったわ・・・・。」

開いて読み進めていた文面に驚いて叫んだ後は一応落ち着いたのだが、
余りの困惑に独り事をブツブツ呟くだけで、いい案が浮ばない。

そう、またしても・・・・父が至らぬ厄介事を押し付けてきたのである。
厄介事とは、あまり考えたくもない縁談話である。

手紙にはこう綴ってあった。

『姉さん、近く休暇をもらえないですか?
父さんからの伝言ですが・・・出来れば早めに休暇を取って帰って来て欲しい、
逢わせたい人がいるから・・・との事です。
これでは何の事か解らないでしょうから、僕がよくよく聞いてみると逢わせたい人とはどうやら縁談相手らしいのです。
僕ではどうする事も出来ません・・・姉さん、兎に角早く帰って来てください』

大好きな愛すべき青慎が困っている、これは実に緊急事態だ。
早く帰省してあげなければ!!

しかし、縁談ねぇ~~。
先だって開催された華装会の時に父さんにはキチンと『当分結婚なんてするつもりはない』
(例え結婚したいとしても、借金モチの私は出来ないというのが正しいが)という事を言って、
意思表示はしたはずなのに、如何してこんなことになっているというの?


はてさて、これは手紙のやり取りぐらいでは到底解決しない問題の様だ。

きっと私が断固として『イヤだ』と断わったとしても、どうしても断われない相手の息子さんだの何だので、結局行かないといけない状況になるのは目に見えている。
それなら、ジタバタしないで逢うに越した事はない様に思える。

ただ、困った事は一つのみ。
どうすれば陛下がついてくるという状況に陥らないかだ。
阻止する方法・・・・これが中々難しい。
今まで何度となく巧みに王宮を抜けだしついて来られたのだろうか?
考えただけで頭が痛い問題なのであった。


「さて、どうすればいいのかしらね。」

夕鈴は誰かに相談するとかいう事は全く思いつかずに、
一人でいい方法がないのか真剣に模索していた。

「はぁ~~~当面の問題はやっぱり陛下なのよね~~。」
「陛下がどうしたって?」

神出鬼没の浩大が侍女が居ない事を把握していて、天井からヒラリと降りてくると直ぐさま卓上のお菓子を摘まむ。

「このお菓子美味しいね~~~。あっ、ゴメン!!お妃ちゃん、お茶くれるかな?」

全くチャッカリしている隠密である。
黙ったままお茶を入れ差し出すと、美味しそうにゴクゴク喉を鳴らして一気に飲み干し満足気な顔をする。
ひと心地ついたところで、浩大は本題に入ってきた。

「美味しそうなお菓子が目に入ったから、質問が途中になったんだけど陛下がどうしたって?」
「えっ、私何か言ってた?」
「言ってたよ~~『問題は陛下』だとかなんとか。口に出して言っていたの気が付いてなっかったんだ。」
「気が付かなかった!!」

自分が独り言を云っていて、浩大に聞かれていただなんて思いもよらず恥ずかしさで一杯になる。

「はぁ・・・・浩大に言ってもねぇ~どうこう出来ることじゃないし・・・。」

溜息交じりで曖昧に答えた。

「いいじゃんっっ!!軽~~い気持ちで言ってみれば!!」
「ふう、そうね・・・・・・じゃあ話すけど、実は私緊急に帰省したいの。
それはキチンと李順さんにお願いするからいいんだけど・・・ただ今回は。」

その先はちょっと云いづらくて、言葉が途切れる。
すると浩大はうんうんと頷いて、ズバリ夕鈴が云いたかった事を当ててくる。

「今回は、陛下について来て欲しくないんだろ?」
「ええっっ、どうして解ったの?」
「だってさ、お妃ちゃんの顔に書いてあるよ。ホントに素直だよね。」

浩大にも言われてしまった。
わかっている・・・_私は隠し事など、出来ないという事を。

「そうなの・・・今回は、絶対について来てほしくないの。
どうしよう、どうしたらいいと思う?浩大。」

もう夕鈴はなりふり構わない処まできているようで、全く関係のない浩大に助言を乞うていた。
夕鈴の尋常ならざる困り方に浩大もからかう表情が消え、どうすればよいかを真剣に考え込んでいた。

しばし考えた後、一つの提案をしてみる。

「じゃあさ、その帰省の日に陛下がこの王宮から出て行ってもらっていたらいいじゃん。」
「どうやって?」
「それはオレっちに任せておいてよ。先ずは李順さんと帰省する日を先に決めてよ。」
「解ったわ。」

少し胸のつかえが取れたかの様に、夕鈴の顔は晴れやかになっていた。
そして浩大を置き去りにして、李順のいる執務室へと向かった。


「陛下はいらっしゃらないのですね。」

執務室には李順さん一人きりで、この部屋の主である筈の陛下の姿は無い。

「陛下でしたら浩大と庭園に出向いておられますが、陛下に何かご用ですか?」
「いえ!!」
「そうですか、浩大が珍しく陛下に見てもらいたいモノがあるからと、連れて行ってしまったんですよ。どうしても今じゃないとマズイと云いながら。」
「そうなんですね。」

陛下が居ないなんて私にとっては好都合というもの、だって陛下の前で話せる話ではないから。
それにしても、浩大は気を使ってくれたんだわ。
陛下を上手く連れ出してくれてたなんて。

「あの・・・・・実はですね・・・・お願いが有りまして・・・・。」
「夕鈴殿、立ち話もなんですから。」

私が云いづらそうにしているのを見かねたのか、椅子を勧めてくれ更にお茶まで出してくれた。
差し出されたお茶を一口飲み、落ち着いたところでつとつと話し始めた。


「あのですね、実家で緊急事態が有りまして、至急帰省したいのですが・・・。」
「緊急事態とは?」
「はい・・・・・その・・・実は父が持って来たというか、断れなくて仕方なく持ち帰ったというか・・・見合い話がきてしまって。でもヒョイヒョイ帰省するのは、バイトの身としては大変心苦しいのですが。」

夕鈴は申し訳ないと何度も頭を下げる。
その様子に李順はかなり追いつめられている事を感じ取り、安心させるように返答をした

「随分とお困りの様子ですね。いいでしょう、休暇を差し上げます。」
「有難うございます!!ただですね・・・。」
「陛下の事でしょう・・・解りました。ああ、だからあの話になったんですね。」

一人頷く李順に夕鈴は訳が分からず、目が点になる。
その様子に気が付き、手をヒラヒラ振る。

「いえ、こちらの話ですよ。ああ、それより陛下の事は気になさらなくても大丈夫です。
恐らく夕鈴殿が休暇の頃にはこの王宮に居ませんから。」
「えっ?それって浩大も言っていたけど・・・。」
「ああ、浩大が言ってましたか?では休暇には色々準備もあるでしょうから、2日ほど差し上げます。でも、申し訳ありませんが1週間程待って下さい。いいですね。」
「はい、解りました。」

夕鈴は、浩大が自信ありげに云い切ったのには李順さんの協力も仰ぐからだと初めて理解した。
これなら陛下が付いてくるような事態にはならないと一安心し、執務室を後にしたのであった。


夕鈴と李順が密談をしている正にその頃・・・・・浩大に無理やり連れ出され少々ムクレながら、歩いている黎翔。

「おい、何処に連れて行こうと言うのだ!!全く私は暇人ではないのだぞ。
早くつまらん政務なぞ終わらせて、愛しき妃とゆっくりと過ごしたいモノを・・・。」

黎翔の文句を全くモノともせずに、軽く聞き流しながら歩く浩大はある意味剛胆である。

「浩大、聞いているのか?何処に連れて行くんだと云っているだろう。」
「はい、ここだよ。オレがアンタに見て欲しいモノが有る場所は・・・。」
「此処か?ここは備蓄倉庫だが。」
「そう、まさに此処なんだよ。」

浩大は何処から拝借してきたのか、倉庫の鍵を指でクルクル回しながら扉に近づき鍵を開ける。
更に重い扉を押しあけた上で、手招きをすると黎翔を呼びつける。

「見てみてよ、この中のモノを・・・。」

広い倉庫内に入ると、うす暗い倉庫には所せましと緊急時の為の食物が置かれてある。
それを見ても、緊急時に十分事足りるほど備蓄されている。

「いや、これじゃないよ。あっちのほうだよ。」

浩大が、更に奥を指し示す。
ここからではよく解らないので、移動して確認してみる。

確かここには、緊急時用ではないが国賓の為の高級食材があるはずである。
うず高く積まれているはずの物資が思ったよりも少ない。
最近国賓はこの白陽国に招いていないので、使用されてはいない。
だったら、こんなに少ないことは有り得ない。

「これはどういう事だ、浩大。」
「俺も最近、知ったんだけどね。どうやら先の担当だった高官が、物資をせしめて換金してしまってたらしいんだよね。それもかなり前から少しずつ・・・でもこの前の異動で此処から外されたので、最後にごっそりと持って行ったらしいよ。でも書類上は廃棄処分としてしまっているから新しい担当官吏も解らなかったらしいし、まだ着任して間もないから倉庫の精査もしてないらしい・・・。」
「そうか・・・・それでこの担当だった高官は、今どうしているんだ?」
「ばれた時にこの王都に居るには流石にマズイと、領地に隠居と称して籠っているらしいよ。どうする~~」
「それは決まっている・・・粛清してやろう、ここまで私をたばかってくれていたのだからな。」

黎翔の瞳がこれからの事を思い紅く輝き、昏い笑みをも浮かべていた。
そして黎翔を見るとボンヤリだが紅い炎のようなものが立ち昇っている・・・・これは黎翔が放つオーラ。
怒りに満ちたオーラだった。
浩大は、思わずブルンと身体を震わせた。

やっぱ、このヒトはこえ~~よ。
悪い事なんかできないよな~~。

「浩大、この裏づけはいつ取れるか?」
「え~~と、1週間ばっかし時間ちょうだい!!シッカリと調査しておくからさ~~。」
「それと、この事を李順にも伝えておけ。そしてその粛清には私が直々に行くとな。」
「りょ~~~かい!!あっ言い忘れたけど1週間後に出掛けるのは、いいけど・・・・この王宮内にあの高官の息の掛かった奴もいると思うんだよね~~ここにお妃ちゃんを残しておくには、ちと危ないかもよ。それだったら2日程下町のお家に帰した方がいいよ。」
「そうだな、私もいないしお前も居ないからな・・・・夕鈴には私から言っておくことにしよう。」



こうして、陛下が王宮からお出掛けする事は決定したのであった。

夕鈴は裏でこんな危険なことになっているとは到底知る由もなく、心穏やかに・・・とまでは行かないモノの厄介事に思いをはせていた。
その間の浩大や李順・・・そして陛下まで、1週間忙しく準備していたのであった。






続。

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【そして一つの可能性・2】
2014年12月01日 (月) | 編集 |
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臨時妃 ・ 原作寄り ・ オリキャラ有り 











明日は出立という前の晩――――黎翔は後宮の夕鈴の部屋に居た。


「ゴメンね・・・迷惑かけちゃって。王宮よりも下町の方が安全だなんて思いたくは無いんだけど、
僕がいない間に狸共が何をやらかすかが判らないんだよ。視察なんて直ぐにでも済ますからね。」

夕鈴にどんな風に思われてしまうのか分からない以上、
粛清に行くとは云えず曖昧に視察という名目にしてしまっていた。

離れがたいと言う様に、黎翔は嘆息を吐き出す。
しきりと『一刻も早く片付けて、迎えに行くからね!!』と何度も何度も繰り返す。

夕鈴としては実際の所願ったり叶ったりで、こんなに申し訳なさそうにしている黎翔を見ると、
帰省する此方の事情も話さないといけないような気さえしてくる。
ただ全てを話してしまって付いて来られても拙いし、視察に行くという重要なお仕事に支障が出ても困る。

二人でお茶を頂きながらも、夕鈴、黎翔共に心此処にあらずといった感じであった。
互いに嘘をついての外出がヘンに気が重くなってのしかかり、呑気にお茶を頂くという気分にはなれないでいたのである。

二人の間に沈黙が流れる・・・・・・・ただ聞こえてくるのは、窓の外からの虫たちの奏でる合奏曲のみ。
その音色にしばらく聴き入っていたのだが不意に黎翔は立ち上がると、
隣に座っている夕鈴の目の前に立ち、茶色い瞳をジッと見据えた。
それを受けて夕鈴は黎翔の突然の行動に驚き目をまん丸にする。
そんな夕鈴に黎翔は艶然と微笑みかけ懇願した。

「ねぇ、夕鈴・・・僕にお守りをくれる?視察に行く僕の為に・・・そう君の唇で。」

その言葉の意味を理解するのまで数十秒・・・・周りの音も消え失せ、静寂が二人を包む。
キチンと理解した夕鈴は、真っ赤になって俯くしか出来なかった。
でも、珍しく黎翔からの真剣な願い・・・これは従わざるおえない?!
勇気を振り絞って上を見上げると視線の少し上には、キレイな深紅の眼差しが自分に注がれている。

「あの・・・目を閉じて下さい。」

黎翔が小さく頷くと、夕鈴は閉じられた瞳の上に軽く口づけを落とした。
夕鈴は恥ずかしさが最高潮まで達し、そのまま部屋を後にして回廊に飛び出た。
見上げる空には、満月に程近い白い月が浮かび上がっている。

部屋に一人残された黎翔は、瞳を閉じたままその幸せの余韻に浸っていた。

自分の頬が熱いのは自分自身がよく解っている。
夕鈴は大胆過ぎる行動に少し躊躇い、自室に戻れないでいた。

いくら陛下にお願いされたからって、真に受けてあんな事するんじゃなかった。
もしかしたら、冗談だったかも知れないのに・・・。
挙句の果ては、逃げてくるだなんて。
陛下はどんな風に思われているかしら。

見上げる月は、白く優しい光りに満ちている。
その光りに癒され、段々と身体の熱も下がってきた。

さて、どうしようかしら・・・陛下はまだ部屋にいらっしゃるわよね。
今は顔を合わせづらいから、少し散歩でもしようかな。

庭園に降り立った夕鈴は気付かなかった・・・・人知れず、足音も立てずに黎翔が近寄っていた事を。

「夕鈴、ありがとう・・・。」

後ろから腰に回された逞しい腕が誰のモノだなんて直ぐに判る。

「えっ、あ、あの・・・陛下、離して下さい。」
「離せないよ。」
「えっっ??」

力強い声に流され、夕鈴は為されるがまま身動き一つできなくなった。
そして・・・・更に引き寄せられた。

これは、月の光りが魅せるただの錯覚。
陛下もただの戯れなのよ。
こんな事を心の底から喜んじゃダメなのよ。

シッカリシナサイ、汀夕鈴!!!!

抗えない喜びと自分の理性との狭間で、喜びに幾らか傾いている自分を必死に叱咤していた。
黎翔はそんな夕鈴の想いなんて、気が付くはずもなかった・・・・・なぜなら、今もまだ瞼に温かい感触が残っているのだから。

そう、夕鈴のお守りは思いもかけないことで、ほんのり心が温かく為る程の嬉しさだった。
その喜びをどうしても伝えたくて、回廊に夕鈴を迎えに来た。

しかし、いざ見つけた寵妃は月を見上げ物憂げに思い耽っており、
そんな姿が堪らなく愛しく想え、後ろから抱き締めずにはいられなかった。

例え『拒絶』されたとしてでも・・・それでもそうせずにはいられなかった。
でも言葉で断っても、夕鈴の身体は僕を受け入れてくれた。


時間にしてみれば、天空を駆け落ちる流星が過ぎ去るくらいの短い時間だったのかもしれないが、
夕鈴の顔を自分に向け、その柔らかい頬にお返しの口付けをした。

「おやすみ、夕鈴。」

そう一言だけ呟いて黎翔は夕鈴の身体から離れ、振り返らずに後宮を後にした。
残された夕鈴は茫然と頬に手を当てていた。

これは何なのよ!!このまま、眠れる訳がないじゃない~~~~。

心の中で絶叫を発しても、誰も聞く者はいなかった。
夕鈴は仕方なく、トボトボ自室に戻っていった。
足どりは重いものであったが。




その時、夕鈴は全く気付くことは無かったが、一瞬輝いた月と星だけがこれからの二人の行く末を知っていた。
今から起こる出来事を・・・・・・・・・。





何とか自室に戻った夕鈴は、そのまま寝室に直行して布団に潜り込んだ。
そして、ドキドキする鼓動を全身で感じながらも、どうにかこうにか眠りについた。
しかし寝付いたのもつかの間。

「お妃様・・・・あの・・・・起きてらっしゃいますか?」

帳の向こうから、侍女さんが私を起こす声で目が覚めた。
窓の外はまだ夜が明け切れておらず、まだうす暗い。
この暗い中ワザワザ起こしてもらったのは、陛下が視察に出立するのを見送るためである。

急いで身支度を整え、侍女さん達を従え王宮の裏門へと急ぐ。
視察は極秘だからと、表門からではなく裏門からの出立だとの事。
そして遂行は浩大以下15名ほど・・・・この中には方淵も含まれていた。
留守を預かるのは、いつもの事であるが李順が務めることとなっている。

「それでは行ってくる。」

黎翔は李順達留守番の者に短く言い放つと、
李順の隣でお妃らしくお淑やかに佇んでいる夕鈴に近付き耳元で囁いた。

「夕鈴・・・・君から貰ったお守りが有るから安心して出掛けられる。早く済ませて下町まで迎えに行くから、待っておいで。」
「はい、お待ち致しております。」

頬を桃色に染めながらも、夕鈴は恥じらう初々しい妃を必死で演じていた。
でも頭の中では昨晩の回廊での出来事がまざまざと思い出されており、
何度も何度も映像が終わる事無く写し出されていた・・・・。

だから夕鈴は黎翔の次の行動までは、全くと言っていいほど予想できなかった。
徐に黎翔の手が夕鈴の白い手を取ってそのまま恭しく手の甲に口付ける行為に及ぶ事なんて・・・。

そうして夢見心地であった夕鈴は一気に現実へと引き戻され、
黎翔の突然の行為に目をまん丸くした上で口をパクパクさせるだけだった。
でも頭の中では、必死で冷静を保とうと『平常心、平常心』と唱えていた。

たくさんの人が見ている前で・・・・・もう恥ずかし過ぎる・・・演技にしてもやり過ぎよ!!
でもここはお妃らしく微笑むのよ、さぁ早く!

夕鈴は『私は、陛下唯一のお妃』と呪文の様に唱え、今出来る精一杯の笑顔を陛下に向けた。
その笑顔に黎翔は満足して、踵を返して堂々と出立したのだった。

そうして残された夕鈴は、自室に戻ると侍女達には数日陛下がこの王宮にいらっしゃらないので里帰りを許された旨を伝えた。
そうして侍女さん達にも休暇に入ってもらう事にして下がらせ、下町へと戻る準備を慌ただしく始めたのであった。
準備が全て整い後は着替えだけになった時点で李順の所に出向きキチンと挨拶してから、
いつもの掃除婦更衣室にて着替え、後宮裏門から慣れ親しんだ下町へと歩き出した。






続。


【そして一つの可能性・3】
2014年12月02日 (火) | 編集 |
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臨時妃 ・ 原作寄り ・ オリキャラ有り 











通りを抜け角を曲がると、もうすぐ下町。
いつもの賑わいと匂いで帰って来たんだ~~と認識出来る。

王宮での暮らしも慣れてお妃として過ごす毎日も当たり前になってきていて、時折下町の事も忘れてしまう程だ。
それだけバイト期間が長くなっているということの表れなのだが・・・。

でも私の本来の居場所はこの煩いくらい賑わう喧騒の下町・・・活気に溢れた此処なのだ。
久々にそう実感して、家路へと急ぐ。

今回は陛下が付いてくる事は絶対にあり得ないので、ホントに心おきなく帰省を満喫できそうだ。
但し、『お見合い』なんぞという厄介事付きでは有るが・・・・。

まずは父さんを締めあげないと・・・・大体何で見合いなのよ。
断われなかったんだとか云ってくるんだろうけど、冗談じゃない!!
見合いするのは父さんじゃないのに、全くもうっっ。

『早く家に戻らないと』と、歩く速度が段々とあがっていく。
最後には速足と言うより駆け足に近くなっていた。

家が近づくにつれて、夕鈴の頭に中から王宮や後宮の事そして陛下の事は抜けてきており、お妃であった(偽だけど・・・)自分から本来の自分・・・そう下町で一庶民として暮らす汀 夕鈴に戻ってきていた。


中に入る前に、もう待ちきれないと玄関先で声を掛ける。

「ただいま~~青慎、いる?」
「あ、姉さんだね。」

夕鈴の声に反応して、居間から愛すべき弟がワザワザ出迎えてくれた。

「青慎、ただいま!!ゴメンね・・・手紙もらって直ぐにでも帰りたかったんだけど、中々休暇が貰えなくて・・・心配したでしょ。それよりも、父さんはもう出掛けた?」

帰宅するなり捲し立てる姉に少々驚きながらも、青慎は姉が聞きたい事をキチンと答える。

「うん、出掛けたみたいだけど、今日はお昼には戻るって云っていたよ。」
「あ、そう・・・お昼には帰るのね。まだ時間はありそうだから、晩ご飯の食材でも買いに行ってくるわ。」

今、戻ってきたというのに、もう直ぐに働きだす姉。
きっと王宮でもキビキビ働いているんだろうなぁ。

ボンヤリと想像する青慎にとっては、自慢の姉。
まぁ、少々女らしさは欠けるかもしれないけれど、働き者で人情深くて、いつも元気でホントに太陽の様な姉。

早く自分だけの幸せを掴んで欲しい・・・・そう思う。
だから今回の見合いも姉さんにとってみれば余計な御世話で面倒なだけかもしれないけど、僕はこれも一つのキッカケだとも思う。
いつも僕のことばかり優先する姉さんを誰かが・・・いや、姉さんを一番大切にしてくれる人が現れてくれればいいと願うばかりだ。
以前、何度か上司だという・・・確か名前は李翔さん云っていたっけ、役人さんを連れて来た時、僕は恋人なのかなと思った。
だけど姉さんは思いっきり否定してた。
僕はお似合いだと思ったんだけど・・・・・でもあれから来ないし、姉さんの手紙にも出てきた事が無いし、違っていたみたいだ。
だから僕はこの見合いもありかな?!って思うんだ。

家に残った青慎がこんな事を想っていたとは、元気に八百屋で得意の値切り術をご披露していた夕鈴は思いも寄らなかった。


夕鈴が買い物から戻ってみるとまだお昼にはならないのに父である汀 岩圭はすでに帰宅していた。
その父は、呑気に居間の長椅子でうたた寝している。
夕鈴は云いたい事は山程あるがグッと堪えて、まずは買い物してきた食料を片付けることにした。
折角安く仕入れてきたのが台無しになってしまうのを防ぐためである・・・・何処までいっても主婦な夕鈴なのであった。

そうして一通り片付けて居間に行くと、まだ呑気に寝ている父の姿が。
これにはさすがに夕鈴もイラついてきて、大声で起こすことにした。

「父さーーーーん、起きてよ!!!私、ワザワザ休暇をいただいて帰って来たんですけどっ!!!!」
「ふにゃ?むにゃ・・・・・ゆ・・うりん?・・・・・・・・すーすー。」

事もあろうか、また寝始めた・・・・これには夕鈴の怒りも頂点に達する。

「もう父さん!!!!いい加減に起きてよ~~~!!私は父さんのせいで、帰って来てるのに!!!」

耳の傍で殊更に大声を出してみた。
父さんはビックリしたらしく、一気に眠気もぶっ飛んで跳ね起きた。

「ああ、なんだ!夕鈴か・・・あれ、帰って来てたんだな。」
「ええ、父さんが頼みもしない見合い話なんかを持って帰って来てくれたお陰でね。休暇を取らざるおえなくなったんでしょ!!」
「・・・・・・・・・・・・・・そうそう、そうだった!夕鈴、明日は頼んだぞ。」

父さんはまだ寝ぼけていたらしく、私が帰って来た目的をスッカリ忘れていたらしい。
全くどうなっているのよ、父さんは!!まずは、如何してこうなっているのかの説明が先でしょうよ。
夕鈴は怒りはとうに通り越し、あきれ果てていた。

「父さん、見合いだなんて。一体どうして??」

夕鈴はいい加減にして欲しいと云わんばかりに、嘆息をつく。

「いやな・・・・・父さんの古い友人との約束でな。お互いの子供たちがいい歳になって相手がいなかったら、お見合いさせようとなっていてな。
ソイツ、最近まで地方勤務だったんだが、この度の異動で中央へ戻ってきたんだ。
それで連絡が来て・・・・息子もまだ嫁さんを貰ってないらしいんだ。
そこで・・・・・となってな。はっはっはっ~。」

何が可笑しんだか、最後は父さんの誤魔化し笑いで話は終わった。

「はぁ???そこに私や相手の息子さんの意思ってもんは無いの?」
「いや、アイツの息子は乗り気らしいぞ。」
「乗り気ですって???」
「だ、そうだ・・・・夕鈴、頑張れよ!!」
「頑張れって・・・私、まだ結婚なんてするつもりは更々ないの。」
「でも、父さんの顔は立ててくれるんだよなぁ~~~明日は行ってくれるんだよなぁ~~~。」

いい歳した大人が、娘に懇願して甘え声になっているのなんて見たくもない!!

「仕方ないから、取り敢えず行くだけは行くわ。ただ相手の方がどういう方であれ、私は全く!更々!全然!結婚するつもりが無い事だけは覚えておいて!!青慎だって学門所に通っていて何かとお金が入り様だから、まだバイトを辞める訳にはいかないんだからね。」

兎に角、父さんには結婚の意思が無い事だけはキチンと伝えておいた。
・・・・あれだけ結婚を否定していれば大丈夫でしょ。
夕鈴はこれで明日を無事に迎える事が出来そうだとひと安心して台所へと向かい、
手早く昼ご飯の支度に取り掛かった。

昼餉の後からは何をしたらよいのか・・・特にする事もなくホントに退屈で、久し振りに家中を磨きあげることにした。
普段から後宮立ち入り禁止区域で丹精込めて掃除をしているだけあって、手際良くドンドンキレイになっていく。
男二人だけの生活だけあって、家の隅々には埃がたまっていた。
確かにそこまでは手が回らないのだろう。
まぁ、当然なことと云えるのだが・・・。
夕鈴は嬉々として、一心不乱に丁寧に拭きあげていった。
そうしていつしか日は暮れており、夜には疲れも出た様でぐっすりと眠り込んだのだった。


そして問題の見合いの朝、夕鈴はいつもよりも早く目が覚めた。
後宮の寝台でなかったのが良かったのか、いつもよりぐっすりと眠れたような気がする。
あの寝台は、どうにも寝心地が悪い・・・・・贅沢過ぎるし、ふかふか過ぎるから。

ホントに根っからの庶民よね・・・少し堅いくらいの寝台の方がよく眠れるなんてね。

自嘲気味に笑うと、直ぐさま朝ご飯の支度の為に台所へと向かう。
途中にある青慎の部屋を覗くと、机に突っ伏して寝ている弟の姿が見えた。

昨晩も遅くまで頑張っていたんだわ。
青慎が官吏になるまでは、私が支えてやらないと・・・・結婚なんてしている場合じゃない!!

夕鈴は決意を新たにして静かに部屋へと入り毛布をそっと掛け、そして頭を軽く撫でたのであった。


朝餉の席にて、父さんに今日の場所を聞こうとすると・・・。

「あ~~その事だけど今日は相手の父親も来るんで、オレも一緒に行こうと思ってるんだ。
だからオレについて来ればいいよ。」

え~~~相手の父親も同席するの???これじゃあ本格的な見合いじゃないの!!
私はその気はないって云ってんのに、何考えているのよ!!

ついて来ると云うものを断固として断わる訳にもいかず結局一緒に行くこととなり、父さんには支度が済むまで待ってもらうことにした。

さぁてと、支度ねぇ・・・相手の父親が来るとなると、普段着ってわけにはいかないわね。
だけど、あまりめかし込んで行くのもどうかと思うのよね。

中々適当な服が思い当たらず、気が付けば寝台の上にはこんもりと服の山が出来あがっていた。
そしてどうにか決めて着込んだ服は上下色の違う襦裙で、襦は橙色で華やかに、裙と腰帯は薄桃色で清楚に・・・・そして腰裙は薄黄色の布地に小さな紅色の牡丹が描かれており余り、派手でもなくそして何より普段着ではないのもを選んだのである。

これで相手に失礼は無いはず。

姿見の中の自分は、思ったよりも大人びて見えて気恥ずかしい。
そんな気恥しさを払拭するために、最後に少しだけ高価な簪を髪に差した。
そのまま背筋を伸ばしてみると、気持ちがシャンとして気合いが入ってくる。

よし!では、行きますか。
最後に、ふぅ~~~と大きく深呼吸して部屋を後にした。



久し振りに父さんと町を歩いているのだけれど、会話が何故か続かない。
いつも私がお小言ばかり云っているからか、どうも父さんの方がかなり委縮してしまっているようだ。

「父さん、相手の方の年齢は?」
「確か今年、20歳だったと思うが」
「ふ~ん、じゃあ几鍔と同じなのね。」
「・・・・・・・・」  「・・・・・・・・・」

沈黙が訪れる。
そうこうしているうちに、茶館が見えてきた・・・・どうやら、待ち合わせは此処らしい。

『カラン~~』

表に下げている鈴の音を立てながら戸を開けると、
『いらっしゃいませ』と爽やかな声と共にお店の従業員が近寄って来た。
さほど広くはないが品の良い卓と椅子が整然と並べられており、
そこそこ上品な人が通っているような 瀟洒(しょうしゃ)な店の様である。
夕鈴はこの独特な雰囲気に圧倒されそうになり、足が慄いて立ち止ってしまった。

「こちらで、お連れの方がお待ちです。」

店員さんの声に後押しされて何とかぎこちなくではあるが、歩き出せた。
丁寧な接客で通されたのは、店の一番奥の卓だった。

そして向かいに座っていたのは、何処かで見た事が有るような無い様な・・・目元がきりっとしていて、それでいて温かい印象の男性だった。

「あの・・・・遅れまして・・・申し訳ありません。」

まずは挨拶をと・・・・・礼儀正しくしようとしていたその時。

「いや~~~~桂ちゃん、久し振りだね~~~~。」

父さんの緊張感も欠片もない声に邪魔されてしまった。
そして、先程の男性の隣に座っていた父親もすかさず声を上げる。

「岩ちゃん、ちょっと見ない間に老けたんじゃないかい。」

此方も全く場の雰囲気を台無しにするような声で父に応じていた。
そして更にその父親は続ける。

「ああ、夕鈴ちゃんだね~~~まぁ大きくなって、そしてベッピンさんになったじゃないかい。」

うん??大きくなったって???
このヒト、私を知ってるの??

「あの・・・・私を知っているんですか?」
「知ってるも何も・・・・・」

話が終わらないうちに、父さんが話に割り込む。

「桂ちゃん・・・ここは二人に任せて、再会の祝杯をあげに行こうじゃないかい。」
「そうだね、岩ちゃん。それじゃ、秀・・・後は好きにしろ。」

そう言い置いて、二人は連れ立ち茶館を後にした。
そして残されたのは、優雅に椅子に腰かけている男性と・・・何が何だか?と今の流れが全く理解できない夕鈴のみであった。


「あっ、邪魔な親父様方は居なくなった事だし、夕鈴ちゃん椅子へどうぞ。」

立ち上がり夕鈴の前に来た男性は、慣れた手つきで椅子を引いてくれ夕鈴に座る様にと勧めてくれた。
夕鈴は頭をちょこんと下げて、勧められた椅子へと腰かけた。

「あの・・・・私、汀 夕鈴と申します。」
「知ってるよ・・・・覚えてないのかい?僕は、董 秀偉(とう しゅうい)だよ。」

そう云って寂しく笑う男性は、陛下とは違う雰囲気を醸し出していた。
目の前でお茶を飲んでいる董 秀偉という男性は、夕鈴を知っているのだと云うのだが・・・・当の本人は、どうもトンと覚えがない。

「ゴメンナサイ・・・・」

夕鈴は寂しそうな顔をさせてしまった事の罪悪感に、ただ謝る事しか出来なかった。

「いいんだよ、気にしないで。それに幼い頃の事だしね、自分は大丈夫だから・・・・。
覚えていないのだったら、今から自分を知っていってくれればいいのだし。」

優しく諭すように呟く様は、夕鈴に悪い印象は持たせなかった。

「それはそうと、鍔は元気かい?」
「ああ、アイツは元気過ぎるほど元気ですが・・・。」
「そう・・・・それで鍔にはもう奥さんがいたりするの?」
「いえ、いませんよ。」
「そうなんだ・・・・・・ふ~~ん、アイツもなんだ。」

最後の方は口の中で呟いた位の小声だったので何と云ったのかよくは聞き取れなかったが、
目の前の彼はもう几鍔の事を聞いてくる事はなかった。
それにしても、夕鈴の中で一つ、二つ、三つとこの秀偉さんに関する小さな疑問が生まれてきている。

聞いてもいいのかしら?

一瞬躊躇したものの、聞かねばこの先 話もしづらい。
夕鈴は出されているお茶を一口飲んで、話を切り出すタイミングを計っていた。

「あのっっ、聞いても宜しいですか?」

おずおずと話を切りだすと、目の前の彼はふっと微笑んだ。
その笑顔に夕鈴はドキッとする。

「どうぞ、何でも聞いていいよ。なんなら自分のスリ―サイズでも教えてあげようか?」

優しく、そして夕鈴の緊張を解きほどくような冗談めいた事を云ってくれた。
それで夕鈴も少し落ち着いた様で、一つづつ疑問を明かしてもらうことにした。

「では、まず・・・なぜ几鍔の事を知っているのですか?確か同じ年でしたよね。」
「ああ、鍔とは、遊びと云うか喧嘩友達だったんだ。まぁ原因はいつも同じだったけど・・・恐らく今も会ったとしても喧嘩が始まるだろうけどね。原因が此処に居るんだから・・・」
「此処?」
「あっ、こっちの話。気にしないで。」

夕鈴は目をまん丸にして彼を見たのだが、特に説明はしてはくれなかった。
なのでそのまま質問を続けることとした。

「それじゃあ、董 秀偉さんのお父さまは、父の友人だそうですが、どういった知り合いですか?」
「秀偉でいいよ。」
「いえ、年上の方なのですから・・・。」
「じゃあ、好きに呼んでいいよ。自分の父との関係は、二人は同期拝命なんだよ。」
「ああ、そうなんですね。だからあんなに意気投合していたんですね。」

先程の仲良く肩を並べて、嬉しそうに出ていく父の姿が瞼に浮かんできた。
あの喜びようだったら、きっと今宵は帰っては来ないだろう・・・・。

「では最後に・・・・秀偉さんは何故私を知っていたのですか?」

これが一番聞きたかった事である。
相手の黒い瞳をジッと食い入るように見つめ、答えを待つ。

「あ~~やっぱり思い出せないみたいだね・・・・自分は、夕鈴ちゃんとよく遊んでいたんだよ。
だってはす向かいに住んでいたのだから、11年前に・・・。」
「11年前?」
「そうだよ、自分の父の地方勤務で引っ越したんだけどね。
よく鍔や近所の子たちと草野原で走り回ったの、覚えてないのかな?」
「そう云われれば、いろんな子達と遊んでいたような・・・・・。」
「でしょう。地方へ行く日に夕鈴ちゃん、見送りに出て来てくれたよね。」
「そうでしたっけ・・・でもあの頃の記憶は、実は曖昧なんです。
母が亡くなった頃で・・・・泣いて泣いて過ごしていた記憶が強烈で、
他の事は・・・・・ホントにゴメンナサイ・・・・。」
「そんなに謝らなくて大丈夫だよ。さっきも云ったけど、
今からまた知ってくれればいいのだから・・・・ねっ。」

夕鈴が負担にならない様に、宥めるように優しく云ってくれる言葉に夕鈴の心は段々と落ち着いていく。

何だかこのヒトは心地いい。ゆっくりと思いだしてみよう。

夕鈴は少しずつ目の前に悠然と座って見詰めているこの秀偉さんという男性を、受け入れ始めていた。






続。


【そして一つの可能性・4】
2014年12月07日 (日) | 編集 |
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一通り疑問に思っていた事は解決したことで、夕鈴は満足気に微笑む。
しかし思い出していない事に変わりはないのだが・・・。

ひと息つく為に、出されてある茶菓子を摘まんで口に運んだ。
一口大の饅頭は口の中で程良い甘さが広がり、生地のもっちりとした感が食べ応えがありとても美味しい。

この菓子はどうやって作られているのかしら?
真似出来ないかしらね・・・・これなら陛下も喜んでくれそう。

夕鈴は何気にここには居ない陛下の事を思い出し、フフッと微笑んだ。
その笑みを秀偉は見逃しはしなかった。

夕鈴ちゃんってあんなに可愛く笑うんだな、何を想って笑っているのやら・・・・。
あの笑顔を僕だけのものにしたい。


秀偉の欲望が目覚め始める――――それにはまずは自分を知って貰わないと。


「夕鈴ちゃん、もう自分への質問は大丈夫かい?」
「ゴメンナサイ、私ばかり質問していましたね。
はい、大丈夫です。」
「じゃあ、今度は自分の番でいいのかな。」

いたずらっぽく笑う目の前の男性が誰かと重なって見えたのは、目の錯覚なのだろうか?
誰か・・・・・そう、いつも孤独の中にいる強いけれど、弱さも合わせ持った仮初めの夫。
夕鈴は此処に居ない筈の男性の影を追いかけており、遠い眼をする。
そんな夕鈴の注意を自分に向けたくて、秀偉は質問を畳みこんだ。

「夕鈴ちゃん、恋人はいるの?王宮にいい人がいたりしないよね?
そして王宮で何しているの?そして鍔とはどうなっているの?」

矢継ぎ早に質問されるので夕鈴も何処から答えていいのかわからなくなり、
先程からチラチラと脳裏に浮かんでいた陛下の影は、後片もなく消え失せていた。

「そんなにいっぺんに質問されても、答えようがありませんよ。」
「あはは、そうだね。ごめんごめん・・・。一つづつ答えてくれればいいよ。」
「では・・・・まず、恋人がいたら?でしたっけ。いたら此処には来ていませんよ。」
「そうだよね。」

秀偉は安堵した。
恋人が居ないのなら、十分自分にもチャンスはあるというもの。

「あと、なんでしたっけ?几鍔の事ですよね。
アイツとはどうにもなってませんし、この先もどうもなりません。
大体私は金貸しは信用しない事にしているんですから・・・・。」

夕鈴はハッキリと言い切った後も、金貸しとだなんて全くもってあり得ないと繰り返す。

「え~~と後は・・・・。う~~んとなんでしたか?
余りにも一度に沢山質問されたので、あと忘れちゃいましたよ。」
「あははは~~~~そうだよね、あははは、夕鈴ちゃん可愛い。」

小さく声を立てて笑う顔を見ていると、夕鈴は幼いころの記憶の断片が甦ってきた。

あの眩しく笑うのは・・・・3つ年上の小さな子達の面倒みがよくて、
曲がった事が嫌いで意地悪な年上にも勇猛果敢に挑んでいた、秀お兄ちゃん・・・・・。


「あの、もしかして・・・・・秀お兄ちゃん、だったり?」
「正解。そうだよ、夕鈴ちゃん。」

夕鈴は心のつかえが取れた気がした。
思い出せなくて、もどかしくて、申し訳なくて・・・・そんな感情が今、雲ひとつない晴れ渡った空の様に変わっていく。

いつも間にか夕鈴は、微笑んでいた・・・・・・・・・・艶然で優美な微笑みで。
秀偉はハッとして、息を飲んだ。

目の前に居るのは一体誰だろうか?先程までの夕鈴ちゃんとはまるで違う雰囲気。
そして何処かの令嬢のような仕草。

秀偉は知りもしなかった・・・・夕鈴が狼陛下と呼ばれる珀 黎翔の唯一のお妃である事を。
そして夕鈴はお見合いの相手が幼馴染の秀お兄ちゃんであったことから、
始めの頃の様な警戒心は消え失せていた。

「じゃあ、夕鈴ちゃん質問の続き・・・・答えてくれるかな?」
「エッ?何でしたっけ?」
「え~~とね、夕鈴ちゃんは王宮でなんの仕事をしてるの?そしてそれって王宮の陛下の近くだったりする?」

先程の質問と少し違っている様な気がする。
まぁ、いいけど・・・ただバイトで狼陛下の妃をやってます。だなんて言えないけどね!!

「王宮では掃除婦をしていますよ・・・家事はお手のものですからね。でも王宮ではなくて、後宮の隅っこをですが。」
「へぇ~~~後宮なんだ。それじゃあ噂に高い、陛下ご執心のお妃様に会った事があるんじゃないの?」

夕鈴は思わず、口に含んだお茶を噴き出しそうになった。

え~~~噂は地方まで届いていると云うの???もうなんなのよ!!

「後宮と云っても使ってない部屋の掃除だから、そんな高貴の方とは逢うことないんてナイナイ!!」

殊更に否定するように、目の前で大きく手をブンブン振る。

「そうなんだね・・・・ふうん。」

秀お兄ちゃんは、一人納得したそうに頷いてもうそれ以上の事は聞かなかった。
そしてそのままお茶を飲み干して、秀お兄ちゃんは背中をまっすぐして居ず舞いを正した。
その様子をみた夕鈴は、何事かと自分も居ず舞いをキチンと正してみた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

何も云わずに、ただ夕鈴を見詰めている秀偉に居たたまれなくなって、
夕鈴は首を傾げおずおずと訊いてみる。

「あの・・・・・どうかしたんですか?」

この言葉に秀偉も緊張の糸が切れたみたいに、ふんわりと笑った。
そして・・・・・・・・・・決定的な一言を口にした。

「夕鈴ちゃん、僕と一生を共に過ごして欲しい。」
「???????」

夕鈴は一体何を言われたのか解らずに目をまん丸にしてキョトンとなった。
・・・・・・これを鳩が豆鉄砲をくらうと云うのであろう。

「あの・・・・・・・・私たち、久し振りに逢って・・・・そうなると初対面にも近いと思うのですが。」
「そんな事はないよ。だって僕は幼い頃の夕鈴ちゃんをよく知っている。
そして今此処で話していて感じたんだ。君は全く変わってなんかないと。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

ここで自分には心に思う人がいると言えばいいのだろう。
でも決してあの人とは結ばれる事なんて、例え天地が逆さに為ったとしてもあり得ない。
だったら・・・・此処まで望んでくれるのなら。

段々、秀偉の言葉に傾いていく自分が心の隅に生まれている事を何となく感じていた。

この男性(ヒト)は優しい・・・きっと自分を大切にしてくれるだろう。
このヒトと一緒になったら平凡だけど穏やかな生活は出来る。
でも、でも、あの人はこれからも誰にも理解されずに孤独に生きていくの?
私はあの人の味方に為るって云ったのに?

夕鈴はどうしてよいのか解らずに、悶々と黙って考え込んでいた。
その様子に秀偉が助け船を出してくれた。

「夕鈴ちゃん・・・・今すぐに答えを出す事なんてないよ。僕はもうこの下町に帰って来ているのだから、逢おうと思えば明日も明後日も逢えるんだからさ。自分はいつまでも待つつもりはあるんだからね。」

ニッコリと微笑んでいる秀偉に、夕鈴は心底助かったと思った。
『是』とも『否』とも云わない夕鈴に対して無理やり聞き出す事はしない秀偉の大人の行動に、夕鈴は取り敢えず甘えることにしてその件は保留とさせて貰った。

「じゃあ、そろそろ店を出ることにしようか・・・久し振りに下町をブラブラしたいし。夕鈴ちゃん付き合ってくれるかな?」
「はい、いいですよ。私も久し振りに帰省したので下町をゆっくり歩きたいと思っていたので。」

二人はその店を後にして下町の喧騒の中に消えていった。






続。


【そして一つの可能性・5】
2014年12月08日 (月) | 編集 |
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臨時妃 ・ 原作寄り ・ オリキャラ有り 








夕鈴が気の進まない見合い話の為に実家に帰省して、父に事の成り行きの説明をさせていた丁度その頃・・・・黎翔は気の進まない粛清劇へと向かっている最中であった。

「まだ、着かないのか?」

隊列の最後尾についている黎翔は、傍にいるであろう浩大に向かって言葉を投げる。

「陛下、もしかしてへばったの?もうすぐだとは思うけどね~~」

姿は見せないものの浩大は、殊更に『軟弱モノ!』と云わんばかりの軽い口調で黎翔に返す。

「バカ言え!疲れてなぞいない。ただ、早く済ませて夕鈴を迎えに行きたいだけだ。」
「ふうん。」

ただ、あんまり早く迎えに行かれても困るんだよ、お妃ちゃんは!! 
だからオレっちも苦労しそうなんだよね。

兎に角李順さんから頼まれたのは、最低でも明日の昼過ぎまでは陛下をこの粛清劇に掛かりっきりしておくことだった。
でも、この陛下が一緒だから結構難しいんだよね~~。

「あ~~陛下、見えてきたよ。先発隊はついている様だね。」

先発隊は基本的にオレの存在は知られていないから、姿を見せる訳にはいかない。
さてと、おっぱじめる前に下調べと行こうかな。

気配が消え失せ、浩大が此処を離れたことを黎翔は瞬時に感知した。

浩大は、下調べに行ったようだな・・・・。
相変わらず仕事の早いヤツだ。

黎翔は、愛馬の腹を蹴って早駆けし先発隊と合流した。

「陛下、お着きですか。まずは下見隊として4,5人を先行させておりますが・・・。」
「方淵、御苦労。下見が戻り次第、会議をするとしよう。それまではそのまま待機。」
「はっ。」

そこは、かの官吏の治める先祖代々の領地が見える小高い丘の上。
黎翔は愛馬から降り立ち、その領地を食い入るように見つめていた。
紅い瞳は愉悦に光り、そして昏い笑みを浮かべながら・・・。

さぁ、始めようか・・・私をたばかった罪をその身で思い知るがいい。


「陛下、下見隊が戻りました。」
「そうか、では会議を始めようか。」

そうして始まったその会議での決定事項は、周りを固める為に敢えて今日は決行せず明日の早朝まで待つ事と、問題の官吏以外には手を出さない事だった。
黎翔としては逸る気持ちが溢れ出そうだったが戦略的に早朝の方が成果に期待できる事もあり、ジッと耐えることにした。

そして今晩はこのまま、この丘にて野営することとなった。

夜も更け、風も吹きつける中。
天幕から抜け出て野営地を一人そぞろ歩く黎翔は孤高の王の気質が醸し出されており、
他の天幕からちらりと覗く兵士たちの畏怖の対象であった。
そして、明日押し入る予定の領地が良く見える丘で足を止め、
その領地を二つの紅玉が全てを見透かすように鋭い光彩を放つ・・・・眼下の光景すべてを覆い尽くすように。

黎翔がこんな夜更けに出歩いているのも、些末な粛清の為に大切な妃を帰省させた事に対して腹を立てており、歩き回ることにより自身の怒気を少しでも抑えようとしているのである。
でなければ、今からでも押し入ってしまいそうだから。

夕鈴・・・今頃何をしているのであろうか?
弟君の夜食でも作っているのだろうか・・・早く逢いたいものだな。

考える事といえば明日決行の手順等でなく、あくまで愛しい彼女の事のみ。

そんな一人の女性への想いが心のほとんどを占めている事が可笑しくもあり、
少し前までの自分ではありえない事で自嘲気味に笑ってみる。
黎翔の乾いた笑いが風に飛ばされる中、その笑いは闇から眺めていた一人の男のからかう声によって掻き消された。

「陛下~~~~~何、黄昏てんのさ。」

背後に広がる闇の中から聴こえて来た声は、黎翔が全幅の信頼を寄せている隠密のモノである。

「煩いぞ、それで何か解ったのか?」
「まぁ、二つほどね。まず一つが、あの官吏だけどさぁ居館の一番奥に引き籠っているよ。
あれは、こうして粛清に来られる事を想定してじゃないかな?
二つ目は、あの狸じじぃ・・・・この地ではかなり領民に対しては寛容な領主らしくてね。
どうも、昔の奉公制度が残っている感じでさぁ。」

浩大は云い出しにくいのか、切れの悪い云い方で報告する。

「何が云いたいんだ、浩大。ハッキリと報告しろ!!。」

黎翔のかなりの不機嫌さに浩大も、一瞬ピリッと身体に電気が走る。

うわぁ~~~これはかなりの機嫌の悪さだな。
これは、オレの力を以てしてでも昼過ぎまで足止めするのはムリだよ。
ゴメンね~~~お妃ちゃん、せめて見合いが終わった後で陛下と逢えればいいけど・・・・もし最中だったら、血の雨が降るかも?!
あんま考えたくもねぇけどな~~~~~。


「浩大・・・・・何が云いたいのかと聞いているのだが。」
「ヘイヘイ。あのさ・・・・奉公制度って、領民に自分の領地を無償で与える代わりに領主に何か有る時、全員で領主を守るってもんだろ・・・・それがここには根強く残ってんのさ。
だから、恐らくこの地の領民が邪魔をしてくるぜ、きっと!!」
「そうか、面白いものだな。だからこの地に逃げ込んだと言う訳か・・・・全くもって下らん奴だ。」

領地を直視する黎翔は、そんな事はどうでもいいと云わんばかりに鼻で笑っている。
そんな光景を間の当たりにした浩大は、やっぱりこの人は『狼陛下』なのだと再認識する。

「ふんっ、勝手にするがいいさ。どちらにしろ、ヤツの行きつく先はもうすでに決まっている。
それを領民に邪魔立てはさせるものか!こちらとしても、キッチリ対処させてもらおう。
浩大・・・・お前もキリキリ働けよ。」
「どうせ、こき使うつもりなんだろっっ、解っているよ。それよりも陛下、月がもう東空から見えているよ。」
「そうだな、今宵は下弦の月だな。南空に沈みゆく前に一眠りとしようか。」
「じゃあね~。」

浩大は一迅の風と共に姿を消し、その辺りの闇は深く濃くなるばかり。
黎翔は空を仰ぎ見て、瞬く星と白くぼんやりと浮かぶ月に彼の人への想いを重ね、一瞬昏く微笑んでみた。


そして、夜が明ける。
東の空に、真っ赤に燃えいずる太陽が昇り始めた。

兵士たちの前に堂々と立った黎翔は、威厳を持って兵士たちに豪語する。

「いよいよだな。報告では、領民がゆく手を阻んでくると予想されているが、
あくまで目的は件の官吏のみ!!くれぐれも領民には手を出すな、いいな!!」
「承知いたしました。」

兵士たちの先頭に立った方淵が、直ぐに呼応する。
その返事に満足したのか黎翔はくるりと領地に身体を向けて剣を高々と上げ、『開始』を無言で合図した。

その合図と同時に方淵達は静かに丘を下って行く。
その列の最後尾に付け馬を走らす黎翔は、近くに浩大の気配に気付き即座に止る。

「如何した・・・。」

気配がする方向に低い声を飛ばした。

「さすがだね~~オレっちのいるところが解るなんてね。え~~と報告!!
官吏の居場所だけど領館の奥って報告してたけど、それが奥の奥・・・隠し部屋にいるみたいだよ。
気をつけてよ~~~仕掛けが有るらしいから。」
「仕掛け??ワザワザ私が来るのを恐れて作ったのか?」
「いや・・・さすがにそれはないよ。どうやら昔からあるものらしい。」
「ふうん、そうか。」

一言呟き、ジッと前を見据える黎翔の紅い瞳は愉悦で揺らめいており、
その瞳は見たものを「生きた心地がしない」 と思わせるものであった。
愛馬の腹を一蹴りし列に追いついた黎翔は方淵を呼び寄せ、
先程浩大がもたらした情報を伝え一応注意喚起をして置いた。

案の定、領館へと続く門の所には鍬を持った若い男性4人が立ち塞がっていた。

「そこをどいてもらおうか。さもなければ、我々は強硬突破するしか無くなるのだが。」

方淵が一応警告する。

「此処を退くと、領主様が取り押さえられてしまうから出来ないんだ。」
「見逃してくれ。」
「ここの領主様は優しいお方だ。何をしたって云うんだ。」

その男たちは口々に領主を守ろうと、王の御前だというのに云いたい放題な事を大声で喚き立てている。
彼らが、王自らやって来ているのを全く知らないから出来るのだろうが。

「聞けっっ!お前たちの領主は不正を働いて、ここに逃げ込んでいるのだ。
さっさと引き渡して、法の前に粛々と裁かれなければならないのだ。
それが我らの陛下が御望みである。」

方淵は此方が手が出せない事に苛立ちを覚えながら相対する。
領民を苦々しく睨みつつも、それでも説得を試みていた。

「そんな事を言っても、我々にとってはお優しい領主様なんだよ。」
「そうだそうだ・・・・それに引き渡してしまったら、それこそ恐ろしい狼陛下にその場で切り殺されてしまうに決っている。」
「本当に恐ろしい方だ。」

領民たちは、一歩も引く様子が見えない。
それどころか、応戦しようと鍬を高々と上げて臨戦態勢に入っていた。
仕方がないと方淵は最後尾の黎翔の元に馳せ参じ、この状況を打破する一つの方法の許可を取りに行く。

「方淵・・・・くれぐれも領民には手荒な事はするなよ。」
「はい、承知いたしております。」

素早く隊に引き戻ると6人ほどの者に他の入り口に回らせ、残った者には素早く指示を出し領民の目の前に立たせた。
その場を立ち去っていくほかの兵に気を取られ領民たちが一瞬鍬を下げた隙を狙って、
鍬の持ち手を剣で叩き落とし戦意を喪失させたのである。
そしてそのまま剣を眼前に突きつけ、殊更に『そこをどけ』と威嚇する。
此方は傷つける気は更々ないのだが、切りつける様に見せかけ諦めさせるのである。

騙すのはハッキリ云って本意ではないのだが、この領民は梃でも動かないことからこの様な方策を取るしかないと判断したのである。
そうすることで、領民たちはさすがに命は惜しいと道を開けてくれたのであった。

「では、入るぞ。」

方淵は兵に鋭い声で指示して、自らを先頭に門をくぐっていく。
そして黎翔は後ろから方淵の手並みを黙って見詰めると深く頷いて、そのまま兵たちに続いて門をくぐったのであった。


門から玄関までの道のりは大した距離ではなくその間は誰もおらず直ぐに玄関に辿りついたのだが、
今度は女性が数人佇んでいた。
これには方淵もさずがに剣を突き付けるのは得策ではないと判断して、大きな溜息を醸したあと静かに話しかけた。

「そこの女人(にょにん)、私たちはここの領主に用があって参った。そこを開けてはくれまいか。
私たちとて、女人に手荒な事をしようとは思わないのだが。」

方淵の言葉に女性達はザワザワと話し合いを始め、その中の一番落ち着き払った女性が代表となり怖々と回答する。

「あの・・・・・領主様は何をなさったのでしょうか?本当にここの領主様はとても慈悲深くて、私たちによくして下さいます。だから王宮の兵士に追われる様な事をなさったとはとても思えないんです。」
「深くは語れないのだが、そこの奥にいる領主は法に触れる事をした。だから御縄に掛けるためにこうしてやってきたのだ。」
「何かの間違いじゃ・・・・。」
「いや、キチンと調べた結果だ。」
「でもでも・・・。」

女人達はそれでも認めたくはないとかぶりを振る。
こうしていても埒が明かない。
・・・でも策が見当たらない。
その時頭上から声が降ってきた。

「危ない!!避けて~~~~~」

その掛け声と共に女人達が集まっている場所へ、大小色々な大きさの籠が幾つ幾つも落ちてきたというより降ってきた。

「キャ~~~~~~。」

悲鳴が幾重にも重なり、蜘蛛の子を散らすように女人達は散り散りに逃げていく。
その後には玄関から人はm人っ子一人いなくなってしまっていた。

方淵はこの出来事を不思議に思いつつも、この期を逃すまいと突入の指示を出し自分も続いたのであった。

全ての兵が領館に入ったのを確認すると、黎翔は苦笑いをしつつ木の上を見上げた。
そこには有能な隠密・浩大がニヤリと口角をあげ『してやったり』と得意顔で笑っていた。

「おい、やり過ぎなのではないか?」
「でも、女性に剣を向けたりはしたくなかったんでしょう。」
「まぁな。」
「じゃ、オレっちに感謝してよね。じゃあ、他の入口を見てくるよ。」

ヒラリと隣の木に飛び移り、更にその隣の木に・・・・・そうして直ぐに姿が見えなくなっていった。
一人になった黎翔も方淵に続くべく、愛馬から降り玄関へと入って行った。


玄関に入ると報告通り奥へと続いているのであろう長い廊下があり、
そのままヒタヒタと歩いていくと一つの大きな部屋についた。
ここまで人に逢わなかったのか・・・・いや廊下には如何にも人相の悪い男共が気絶されられ、
端に転がっていた。
どの男も刺し傷・切り傷一つなくすべて刀背打ち(みねうち)でやられており、
これは兵たちの技量が男たちよりも数段上だった事を物語っていた。
黎翔は、その男たちを一瞥するとそのまま捨ておいた。


そして奥の部屋では方淵たち兵士が揃っており、皆で頑丈な扉の前で押したり引いたり試行錯誤していた。
それというのもこの扉の奥に件の官吏が引き籠っているらしく、家族の者がこの扉の前で守っていたのであったからだ。
ところが方淵が「この場には陛下もおいでになっている。」と伝えると、家族は陛下の御威光にこれ以上は逆らえないと観念して、扉の前からさぁ~と退いたのであった。

ただ扉の解除法は教える事は出来ないと頑なに口を閉ざしているため、
方淵は成りゆきを部屋の隅から見ていることしかできないでいた。
そんな状況下に黎翔が現れたのだった。


しかし黎翔が現れてから半刻経てども、扉が開く気配は一向にない。
それでも兵士たちは色々な方法を試している。
剣を隙間にはめ込んでみたり、何処から出してきたのか鉄鎚で扉を叩いてみたり・・・・考えられる策は全て試していた。
それを見ている黎翔も我慢の限界が訪れようとしており、内包から溢れだしそうな怒気を必死で鎮めようとしていた。

黎翔はチラリと家族の方を見てみると、皆小刻みに震えながらただただ見ているだけだった。
そんな家族の行為に苛立ちが更に加速し、ついには行動を起こすことにした。

ツカツカと妻の前に進み出た黎翔は、妻を一睨みすると一言云い放った。

「扉の解除法は、如何に?」
「云えません。」

妻は気丈にも、黎翔が国王陛下であると解っていながら拒否した。
ただ、恐ろしさにへたり込んではいたが。

「ほう・・・云えぬと申すのか。」
「はい。」

妻は座り込んだまま、小声で返す。

「私はやると云えば必ずやり遂げる事を旨としている。どういう手段を使おうとこの扉は開ける。
これ以上そち達が云わぬとなれば、その後そちの夫がどうなるのか?想像してみる事だ。」

鋭く光る瞳は普段よりも激しい光彩で妻を見降ろしていた。

この様な私を夕鈴には到底見せられるものではないな。
こんな状況下でも思うのは、ただ唯一の妃(仮ではあるが)の事だけ。

先程の黎翔の非情な言葉に、官吏の母親が震えながら黎翔の前に進み出た。
そして妻の背中を擦りながら、涙声になりつつも妻を諭す。

「もう、これ以上は息子の為にもならない様だから・・・・開けようではないかの。」

義母の言葉を聞いた途端、妻は堰を切ったかのように泣き崩れた。
そしてその泣き声は部屋中を覆う様に響き、それに呼応するかの様に娘たちもすすり泣きを始めたのであった。

方淵たち兵士も一旦手を止め、陛下と家族とのやり取りを息を殺して見ていた――――。


「解りました・・・・・解除いたします。ただ畏れ多くも、陛下にお願いの儀が有ります。」
「願いとは?」
「どうかどうか・・・・・・・夫の・・・・・夫の命だけはお助け下さいませ。」

小声から段々大きくハッキリと夫の命乞いをしてのける妻の瞳は先程の様な弱弱しく怯えたものではなく、凛としたものが感じ取れた。

その真摯な瞳に黎翔も何故か夕鈴を彷彿とさせ、意外な言葉を発していた。

「わかった・・・・・犯した罪にはそれ相応の罰を与えねばならぬが、命だけは保障しよう。」

王者の風格を醸し出しながら、ハッキリと云い述べた黎翔を、家族たちは拝むように床に額を擦りつけ口々に
「有難うございます。」と繰り返していた。
そして妻と義母・・・跡取りであるらしき息子が進み出て、扉に掘ってある窪みに3人同時に右手をはめ込んだ。

『ゴ~~~~』

音が鳴り響き、先程から何をしてもウンともスンとも云わず閉ざされていた扉が嘘の様に呆気なく開いた。

「突入~~~官吏を確保しろ。」

方淵の声に、兵士数人が扉の奥へと進んで行った。
遅れながら入った方淵と黎翔は、奥の部屋の隅で震えながら眼を閉じ耳を両手で塞いでいる官吏の姿を眼にする。

「引っ立てよ。」

方淵はその官吏の情けない姿をこれ以上見たくはなく、その場にいた兵士に命じて外に連れ出させた。
それは黎翔とて同じことで、黎翔の眼を盗み横領という大それたことまでやってのけた官吏の末路が、暗い部屋で震えているのみだとは何んとも情けなくお粗末な結果に、官吏を一瞥もする事無くただ昏い笑みを浮かべるだけだった。

こうして件の官吏は確保され方淵は兵士と共に外へと出て行き、
残されたのは家族と黎翔のみでなんとも気まずい空気が漂っている。
しかし静寂を壊したのは官吏の娘で、黎翔の前におずおずと進み寄り質問した。

「あの・・・・・・・陛下、父上とはもう逢えないのでしょうか?」

年のころは10歳くらい・・・・まだ父親が恋しい年頃なのだろう。
どうしても父親の今後が気に為るらしい。

「いや、二度と逢えぬ事はない。ただそれは父親次第だ。」
「有難うございます。」

ニコヤカに母親の元に駆け寄り、そこでまた黎翔にお辞儀をした。
家族肩を寄せ合い喜んでいる光景が家族を持たぬ黎翔には余りにも眩しく見え、
なんとも云えない感情が胸の奥で疼き、無言のまま部屋を後にした。

玄関先では官吏に縄をかけ粛々と連れて行かれる様を、領民たちは息を飲みつつ見守っているだけで、
「領主さま。我々一同はお帰りをお待ちしています。」
時折大きな声が聞こえてくるのみ。

方淵の兵士に指示を出している事務的な声が、対照的に聞こえてくる。
そんな最中黎翔はこれで全てが終わったと確信し、方淵・兵士そして少し離れた所にいるであろう浩大に声を掛ける。

「私はこれより王都へ先に戻る事にする。あとは柳方淵に全て任せるゆえ、頼むぞ。
戻り次第、李順に引き渡し指示を仰ぐように。」

それだけを云い付けると、愛馬に風の様に飛び乗り単騎駆けて行った。

「あ~~~あ、行っちまった・・・ゴメン、まだ昼前だよ。オレの力不足かなぁ~~。お妃ちゃん、幸運を祈るよ。」

浩大はそれだけを呟くと、風の中に気配を溶かしそのまま静かに消えていった。


夕鈴はお見合いの真っ最中・・・・・・黎翔とばったり会うことになるのだろうか??
それは運命の赤い糸を司る神ともいうべき存在の思い一つであった。





続。