【兎と僕の攻防戦・1】
2015年09月28日 (月) | 編集 |
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臨時妃 ・ 原作寄り


【注意事項】

こちらの作品は、前々ブログ『遥か悠遠の朱空へ』にて公開していた作品です。
今回こちらへ移行するに伴い少しだけ手直ししておりますが、
書いた当時の陛下と夕鈴の関係が浅いものでありましたので、
当時の雰囲気を残すべく糖度はあまりありません。
そのことを踏まえた上でお読みいただけます様、宜しくお願いいたします。   













「では夕鈴殿、その様にお願いします」
「分かりました、ただ・・・・大丈夫なのでしょうか?」
「その辺はおまかせ下さい。陛下には邪魔させませんから・・・。
貴方は心配なく、貴方の責務を果たして下さい。ではいいですね」

少し席を外して帰って来ると、戸口の向こうからコソコソと聞こえる側近と寵妃の内緒話。

全くもって気に入らない・・・李順はまた夕鈴に無理難題を吹っ掛けているのか。
そしてそれを僕には教えない気のようだな。

音も無く入って来た僕に少し慌てたものの、直ぐに平静を取り戻す李順。
そして何も無かったかのように振る舞う李順は、いくら問い詰めても先程の事は話さないだろう。
夕鈴は自分が顔に出やすいのを分かっているらしく、
扇で顔を隠し平静を保とうと必死でお妃演技をして誤魔化そうとしている。

やはり此処は夕鈴の方が落とし易いか・・・・ただ、今はまだ時が満ちてはいない。
頃合いはきちんと測らないと。

黎翔は『その時』を想像しただけで、ニヤニヤが止まらない。
さっさと政務は終らせないと!と、そそくさ卓上の書簡を手に取る。
いつになく捗っていく書簡の精査に、夕鈴と李順は二人顔を見合し驚きの表情を浮かべていた。

そんなことはどうでもいいのだが。
でもあの二人は、一体僕をどの様に評価しているんだよ。
僕だって、キチンと早く終らせる日だってあるんだ。

少しムスッとしている黎翔に夕鈴はそっとお茶を差し出し、ニッコリと微笑む。
黎翔の心を捕えて離さないその頬笑みに、つい見惚れてぼー-と手が止まったのを側近は見逃しはしなかった。
殊更にわざとらしい咳払いで注意を促す。
それにはさすがにイラッとした黎翔は、李順に刺すような視線を向けた。
一触即発となりそうな空気が流れていく中、これ以上は関わりあうまいと夕鈴は優雅に一礼するとすぐに退出した。


そして夜半。
これから狼と兎の攻防が始まる。



**************



黎翔は政務が一段落させると、急ぎ後宮へ足を向けた。
昼間の夕鈴と李順との秘め事を暴かんが為・・・・・。
深紅の双眸は、キラリと煌めく。

さて、夕鈴をどう落とそうか?

人知れず今からのお楽しみに自然と口角が上がり、策士の表情が顔を出す。
気が付けば急ぎ足に為っていた。
黎翔は回廊ですれ違う官吏が深々と頭を垂れている事なんて、
全くと言っていいほど気が付かなかった。


早々に愛しい妃の部屋の前まできた黎翔は、先触れさえもせず勝手気ままに部屋へ歩を進めて妃を探す。
しかし肝心の夕鈴の姿は見えなかった。
侍女に妃の行き先を尋ねてみようと視線を合わようとするが、
誰もが震えて拱手をしたままで聞ける雰囲気ではない。

黎翔は黙って回廊に出て、空を仰ぎみると己の隠密の名を静かに呼んでみた。

「浩大、夕鈴は何処だ?」

黎翔の声に、回廊付近の木の上から音もなく浩大が降りてくる。

「お妃ちゃん??オレにもよく分からないっすよ。先程は湯殿にいたと思うんですがね」
「湯殿だあぁ???お前、まさか・・・・」
「いやっ、オレは見てない!!見てない!!
そんな恐ろしいことは出来ないからっっ!」

浩大は、慌てて弁明をする。
こんなやってもないことで剣の錆にはなりたくはない!

その様子をみた黎翔は、フンっと鼻を鳴らす。

「まぁ、それはそうとして・・・・お前が分からないとなると、夕鈴は何処に行ったのやら」
「そうすっね~~~」

にわかに黎翔の纏うオーラが怒りのそれへと変化して行くのを感じた浩大は、
此処から逃げた方がいいと素早く判断する。

「あっ、オレ心当たりが有るんで、探してきます!じゃあっっ!!!」

気配を完全に消してその場を何とか離れた浩大は少し離れた木の上で腕を組み、
その後の陛下の行動を傍観していた。

ヤレヤレ全く・・・・さすがに狼陛下だよなぁ~おっかないったら。
早々に逃げれて良かったよ。さて、ホントにお妃ちゃんは何処に行ったのやら・・・。
一応居場所だけは確認しておかないと、陛下からどんなお仕置きがくるかわかんないな。

木の上から屋根に飛び移り、器用に屋根伝いに歩きだすと夕鈴捜索に取り掛かった。



続。





****************


この度は、ブログのお引越しに関しコメントをお寄せくださり
有り難うございます。

そして前ブログの時のコメントくださった方には返信も出来ないままで、
失礼ばかりしておりまして申し訳ございません。

少しづつですが、返信していきたいと思ってます。


そして、作品もUP出来ず・・・・・・・
いやぁ~何のためにブログをお引越ししたのだか?!と自分でも呆れてます。


そこで、前々ブログからまた再録させていただきます。
実は懇意にしている方からのリクエストです。
『また読みたい~~~』と。

ですので、手直ししつつUPしていきます。
よろしければお付き合いくださいませ。



瓔悠。






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【兎と僕の攻防戦・2】
2015年09月28日 (月) | 編集 |
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臨時妃 ・ 原作寄り


【注意事項】

こちらの作品は、前々ブログ『遥か悠遠の朱空へ』にて公開していた作品です。
今回こちらへ移行するに伴い少しだけ手直ししておりますが、
書いた当時の陛下と夕鈴の関係が浅いものでありましたので、
当時の雰囲気を残すべく糖度はあまりありません。
そのことを踏まえた上でお読みいただけます様、宜しくお願いいたします。  










その頃、夕鈴は・・・黎翔がいなくなった執務室にこっそりと来ていた。
そこには李順が待ち構えており、二人はコソコソと密談を始めた。


「李順さん、有難うございますっっ!
教えて下さった通りに湯殿から此方に来ましたので、何とか陛下には会わずに済みました」
「そうですね・・・・貴方は隠し事が出来ない性分ですからね。
陛下から問い詰められれば、話さずにはいられないでしょうし」
「はい・・・・スミマセン」
「まぁ、素直さと正直なところは貴方の美点ですから、気にしないで良いですが。
では、簡単に明日のことを説明しておきますが、いいですか!」
「はい!!」
「ではまず、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

李順の一通りの説明に、夕鈴は食い入るように聞いていた。

「これで説明は終わりです・・・・・兎に角、しっかりとお願いしますよ」
「はい、任せてください!!」
「それでは、もう戻っていいですよ。只、陛下には会わないように気を付けて部屋に戻って下さい」

その時、開け放たれた窓から一陣の風が室内に流れ込み、夕鈴の衣裳をふわりと揺らした。
気が付くと部屋の隅には浩大が控えていた。

「お妃ちゃん、みっけ!!こんなとこにいたんだぁ。
不機嫌陛下が血眼になって探していたよ」

ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべながら、お気楽な声で結構怖い事をさらっと言う。
夕鈴はその言葉に途端にブルッと震えがきていた。

「さぁ~~てと、訳を聞こうか!なんで陛下から逃げてるのさ。
どうせ大方、そこの側近さんに言われての事だろうけど・・・」
「ええ、まぁ」

夕鈴は曖昧に返答しただけで、後は貝の様に口を閉ざした。

「夕鈴殿、では行っていいですよ・・・・・早く此処から離れないと、陛下が戻って来てしまいますから」

李順は簡単に言い放つと夕鈴をさっさと追い出し、
自分の席に何食わぬ顔で座りまた仕事に取り掛かった。

「ねぇ・・・・李順さん、お妃ちゃんに何を頼んでんのさ?」
「全く、知りたがりですね~知りたいですか?」
「めっちゃ知りたいっす」

男2人が肩を寄せて耳元で囁いている図は、傍から見ても余り良い光景ではなかった。

「ふうん~なるほどね~」
「分かったのでしたら、口は閉じておいてくださいよ」
「へいへい!!」

浩大と李順が執務室で内緒話をしている頃、
夕鈴はキョロキョロ辺りを警戒しつつ自室へ戻ろうと回廊を独り歩いていた。

突如、後ろから腰を取られ悲鳴を上げる暇もなく抱きかかえられたかと思うと、
回廊つたいの空き部屋に連れ込まれた。
中は明かりも無く窓辺から注がれる月明りのみでうす暗く、
瞬時には誰なのかもよく分からなかった。

しかし、夕鈴は衣裳に焚き染められた香に覚えが有った。
だから怖いとかいう感覚は全くなくて・・・・そう、これは黎翔の香だった。
ボケっとしている夕鈴の目の前に黎翔の端正な顔が近付いてきており、
深紅の双眸は穏やかとは到底言い難く鋭く光っていた。

「夕鈴・・・・・・・何処へ行っていたのだ」

地を這う様な低い声で、詰問してくる。

「えっ、何処と言われましても・・・・・・・」

適当な言い訳が見つからず、言葉が詰まってしまう。

「先程から探していたのだが、見つからず心配していたのだが」
「それはお手をお掛けいたしました・・・・スミマセン。
あの・・・・その・・・・それよりも、そろそろ離して頂けませんか?」
「いや、離せない。離してしまうと、また何処かへ行ってしまいそうだ」

どうやら黎翔は、離す気は更々ないらしい。
だがこれ以上質問されるのは困るから、夕鈴はそのまま抱きしめられたまま身動き一つしなかった。
それで質問されないのならば、それが一番良かった。
しかし黎翔は諦めず、更に夕鈴に詰め寄ってきた。

「では、質問を変えよう。李順と何を企んでいるんだ」
「企んでいると言われましても、特に何も・・・・」


え~~バラす訳にはいかないわよ!!
だってこれには特別手当が掛かっているんですもの。
青慎も新学期が始まったことだし、新しい教科書代に充てたいし・・・お古じゃあんまりにも可哀そうだもの。
ここは黙っておかないと・・・・。

うす暗い部屋の中で両手を掴まれたまま、
夕鈴は目の前の黎翔をただ見つめることだけしか出来なかった。
黎翔の方も視線をそらさずジッと見つめている夕鈴を見ていると、
聞き出そうとしている事が些末な事に思えてくる。

それよりもこの月明りの中、二人きりでこのまま時が流れて行くのを感じていたい寄りそっていたい。
そんな感情が浮かんできて、心の奥底から這い上がって来ていた黒い感情の塊が、小さく小さく萎んでいく。
黎翔は自分の感情の渦が静かに凪いでいくのを感じ、ふっと笑みがこぼれた。

「夕鈴、ご覧よ・・・・今日は満月かな?月が綺麗だよ」

窓辺に腰かけ天空を見上げる黎翔。
その様子を見てようやく平常心が戻ったのか、夕鈴が黎翔を見上げてふんわりと微笑んだ。
そして黎翔と同じように空を見上げる。

「綺麗ですが、恐らく満月ではないですよ。確か3日程前だった様な気が・・・・」
「そうなんだ」

その後は二人話す事も無く並んで月の光りを浴びながら、しばらく同じ時を刻んだ。
そしてどちらからとなく、言葉を紡ぐ。

「戻りましょうか」
「戻ろうか」
「そうですね」
「そうだね」

二人は並んで、回廊をゆっくりと歩いて行った。
黎翔は明日その身に振りかかることなど思いも及ばず、何となくホンワリ夢見心地であった。
夕鈴もキレイな月明りにすっかり癒され、上司と交したお仕事の事など今はすっかりと忘れていたのであった。




続。






【兎と僕の攻防戦・3】
2015年10月06日 (火) | 編集 |
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臨時妃 ・ 原作寄り


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書いた当時の陛下と夕鈴の関係が浅いものでありましたので、
当時の雰囲気を残すべく糖度はあまりありません。
そのことを踏まえた上でお読みいただけます様、宜しくお願いいたします。   















月の輝く光の下、黎翔としばし穏やかな刻を過ごした後、
夕鈴は夢心地のまま就寝する。
こんな刻がいつまでも続けばいいのに・・・・・。
そんな想いを抱えながら、問題の朝がやって来る。


***********



夕鈴は昨日二人で見た月見の余韻が醒めないらしく、
起きているというのにまだ寝台の上でまどろんでいた。

「はぁ~もう起きないと侍女さんに迷惑が掛かっちゃうわね」

独り言を言ったつもりだったのに、何処からとなく返事がかえってくる。

「そうだよ、お妃ちゃんっっ!李順さんが待ってるよ」
「浩大ね・・・おはよう。『李順さんが待ってる??』何故?」
「あらら~まだ寝ぼけてんの?昨日お仕事を頼まれたんだろ」
「お仕事??・・・・・・あぁぁぁ~思い出した。いけない、遅れるとまたお小言の嵐が~~」

飛び起きた夕鈴は、それこそ淑やかなお妃様を完全に忘れてドタバタしながら身支度を始める。
その為、何故このお仕事のことを浩大が知っているのかを聞きそびれてしまっていた。
そして聞こうと思った時には、すばやい隠密は姿どころか気配も完全に消え失せていた。

身支度を整え朝食を済ませると、部屋を後にして李順の自室に急ぎ足で向う。

部屋の主は『来るのが遅い』と入って来るなり、夕鈴に一言目の小言の飛礫(つぶて)を投げる。
夕鈴は自分に非があるため黙って聞くしかなく、しばしお小言の嵐が通り過ぎるのを待っていた。
一通り言い終わり満足した李順は、夕鈴にさらっと今日の事について話し出した。

「夕鈴殿・・・昨日も申しましたが、これはこれからの政務の進捗に関わる重要な任務です。
ですから、シッカリと勤めて下さいね」

『シッカリ』というところを、李順は殊更に強調する。
その様子に夕鈴の顔もキリッと引き締まる。

「分かりました、任せて下さい!!」
「では昨日と変わったことと言えば、浩大が記録者として協力することになりましたから」
「浩大が??」
「ですから、漏れはないと思いますよ。
夕鈴殿は陛下から逃げるだけで結構です!兎に角、体力の続く限り逃げて下さい」
「はい、体力だけには自信が有りますので大丈夫です」

夕鈴は、自信満々にニッコリと微笑を見せる。
そんな様子に李順は一抹の不安を感じたのか、更に注意を続ける。

「夕鈴殿・・・・言い忘れましたが、くれぐれも貴方はお妃だと言う事を忘れずに優雅に楚々として逃げるように!!
いいですねっっ、あくまで貴方はお妃なのですよ」

心配げな李順は何度も何度も念を押してから、夕鈴を送り出した。


*********


やっと李順から解放された夕鈴は、何処に逃げようかとボンヤリと空を見上げる。

「さてと・・・・何処に行けばいいかしら?
でも、陛下が考えつかないような所に行かないといけないってことよね」

立ち止って考えていると回廊の向こうから、水月と方淵が珍しく二人並んで歩いて来た。

「これはお妃様、ご機嫌は如何ですか?
最近は暑さも和らいで参りましたから、お過ごしやすくなられましたね」

水月は、ホンワリとした柔和な表情で優しく語りかけてくる。
それに対して、方淵は嫌そうな表情で眉間に深い皺を寄せながら声を掛けてきた。

「貴方はまたこのような場所をウロウロなさって、いい加減後宮で静かに過ごすべきなのでは」

方淵は、これくらいでは言い足りないとでも言うような苦々しい視線を夕鈴へと向ける。
それを受けた夕鈴は、殊更にニッコリとお妃スマイルをご披露し優雅に答えた。

「おはようございます、お二人揃ってとは大変珍しいですわね。
これからご政務なのですね、ご苦労様です。
私はこれから後宮に戻りますので、今日はお会いする事はないと存じますわ」

方淵に向けて殊更『今日はもう政務室には行かない』事を強調して印象付ける。
これで方淵の嫌味に対する応酬・・・更には黎翔に大して夕鈴は政務室には来ないと、
進言して貰える手筈は整ったことになる。

「では、ごきげんよう」

夕鈴は最後まで頬をピクピク引きつらせながらもお妃スマイルは崩さず二人を見送ると、
回廊から外れ外苑へと続く道をトボトボ歩いて行った。


*************


目的地は、いつもは寄る事もない四阿。
草木が生い茂り日差しを遮ってくれており、しばらくここでゆっくりしていようと石の長椅子に腰を下す。
夕鈴は、風になびいている名前もハッキリと分からない青々とした草をジッと見詰めていた。

「こんなに気持ちいい所なら、お茶道具でも持って来てゆっくりしても良かったかしらね~」

夕鈴は独りごちて『うふふ・・・』と笑ってみるが、誰も居ないので笑い声は風に消えていった。
何もない四阿は独りきりでいるには手持ち無沙汰になってしまい、
このままここに居ても退屈なだけだと感じ始めていた。

それに自分は陛下から逃げる指令を受けていたことを思い出し、
夕鈴はここから近いところをボンヤリと考える。
思い浮かぶのは・・・老師のいる立ち入り禁止区域だ。
でもそこに黎翔が来ていたら、鉢合わすことになり大変マズイのだが・・・。

「まぁ、いいわ!こっそり行って、陛下がいるかどうかを聞いてみればいいか」

夕鈴は安直な答えを出して、目的地に向けて颯爽と歩き出した。








続。







【兎と僕の攻防戦・4】
2015年10月20日 (火) | 編集 |
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シーンと静まり返った後宮立ち入り禁止区域。
靴音だけがやけに大きく響き渡るような気がする。
いつもは『今日はどの部屋の掃除をしようか』くらいのことしか考えておらず、
周りの雰囲気など特に気に掛からない。
だからこうして静かだと、どうにも落ち着かない。

「そこに居るのは誰じゃ」

姿は見えないが、聞こえてくるのは自分より低い位置からなので直ぐに声の主はわかった。

「張老師!!」
「なんじゃ、掃除娘。お前さんかい」
「あの・・・陛下はこちらにいらっしゃいましたか?」
「ああ、先程来られたのじゃが・・・お前さんを探しておったようがの」
「そうですか・・・・良かった・・・」

小さく呟いてみたのだが、この達者な老人の耳にはシッカリと入ったようでニヤリと笑われ、からかう様に尋ねられる。

「お前さん、陛下と喧嘩でもしたのかえ?」
「ケンカですか???とんでもない!!私はただのバイト妃なので喧嘩なんてしませんよ」
「そうか。じゃお前さんは何をしにきたんじゃい?」
「そうですね・・・・探検かな?」
「探検?」
「ええ、時間潰しに普段掃除をしない場所でも散策してみようかと」
「暇なら、いつもの様に掃除でもすりゃいいじゃないかい」
「今日は、別の仕事中なんです」

よっぽど暇人なのか、老師は根ほり葉ほり訊いてくる。
しかしこれ以上この仕事について話す訳にはいかないので、曖昧に笑って誤魔化した。
そうすると老師も何かを悟ってくれたようで、もう訊いてこなくなった。

「まぁ、散策は良いがあまり入り組んだ所へはいかないことじゃな。迷子になる故」
「はい、では!!」

夕鈴は、お妃衣裳のまま奥へと入っていった。


************


今日は朝から李順がどうもオカシイ・・・・。
いつもなら朝っぱらから僕に『お早くこの書簡を・・・』と迫って来るのに今日は全くそれがない。
そして何よりも、今は夕鈴探しを推奨している点が何よりもアヤシイ。

何を李順は企んでいるのやら・・・・。
夕鈴を見つけた後の僕がどうなるのか、一番分かっているだろうに。
大方夕鈴を使ってロクでもない事をしているんだろうけど、
見つけた後は好きにさせてもらうことにするからな。

黎翔のニヤリと口元を緩め、輝く好奇心旺盛な瞳は、ある意味妖艶で惹きつけられる。
取り敢えず、捜索の場所は何処から始めようか・・・・と考えつつ黎翔はスタスタ歩く。
それはただ、早く寵妃を見つけてまったりと過ごそうとする気持ちの現れである。
先程の夕鈴とは大違いである。

黎翔は戦略を練るのに、腕を組んで考え込む。
一番可能性の低い場所から潰していくことが手っ取り早い。
では、まずはあの場所から・・・・。

それは後宮夕鈴の部屋。
いないだろうが一応は確認を・・・・・やはりいない。
しかし直ぐに戻って来ないとも限らないので、
一応侍女に戻り次第王付きの女官にでも伝えるように念を押してから退出する。

では次はもう一つのバイト先、後宮立ち入り禁止区域。
黎翔の足は次第に早足に・・・・だが、ここにもいない。
更に言うなら、管理人たる老師すらもいない。

あの老人は何処をほっつき歩いているのか?
そして夕鈴も何処にいるのか?
ここにいるかもと思って来たのだが・・・・。
まぁいいか、ここはまた後で来ても。
時間差で来るということも有り得るし。

それにしても先程から付き纏う気配が一つ。
一応本人は気配は消しているつもりらしいが、結構うっとおしい。
からかう様な薄笑いが、たまに風に乗って聞こえてくるのが更にいらつかせる。

「おい、浩大!何時まで付いて来るつもりだ」

うっとおしさが限界値に達し、黎翔は空を仰ぎ見ると言葉を投げ付ける。

「ほへ~気が付いていたんだ、陛下!さっすが~~~」
「気が付かない訳はないだろう、あれだけ気配を駄々漏れにしていればな」
「まぁ、陛下以外の人には気が付かれないよ。アンタは特別だからさ」
「それにしても・・・お前、夕鈴の警護は如何なっているんだ」
「あっ、ごめ~~ん、その件に関しては大丈夫。他の奴に頼んでいるからさ」

軽く言い放つと浩大はこれ以上は追求されたくはないと木々に気配を同化させ、
後は木々の葉が風に揺れるサワサワという音のみになった。

ああなった隠密は自分からは決して姿は現さない。
こうなったら早く夕鈴を見つけ出すしかない。

「さぁ、次は・・・いつもの四阿だな」

独り言を呟き自分を急き立てる様に、
二人のお気に入りの四阿に向かって歩き出した。


*********


その頃、夕鈴はいつもの掃除区域よりも更に奥へと歩を進めていた。

長く続く回廊は先が見えず、次第に意識がクラクラしてくる。
ここはかつて何十人もの女性が住まい、寵愛を競って愛憎まみえるドラマを繰り広げられていた場所。
だからなのか、どうも纏わりつく空気は重い感じがする。
夕鈴にとっては、全く想像できない世界だ。

天窓から差し込んでくる日の光りのお蔭で、行く手は暗くも無く充分散策には適している。
そして光りの加減で見えるあちらこちらの埃が夕鈴に掃除意欲をそそる。

ここは頑張って掃除バイトに精を出さないと中々キレイにならないわね。
それにしても広過ぎるわ・・・ここを全てキレイにするまでどれくらいかかるのかしらね~。

全くおかしな話である。
こんな膨大な部屋数と回廊を一人で掃除し切れる筈は無いし、
いつまで後宮に居座るつもりだ!と上司辺りにでも呆れられそうだ。

夕鈴は一人悶々と掃除の手順を考えつつ、ボー―と歩き思いつくままに歩く。
目の前に現れる角を何度か気持ちの赴くままに曲がり・・・・・気が付くと、此処が何処なのか?分からなくなっていた。

そう・・・・・夕鈴は、迷子になってしまっていた。

「え~~~~此処どこなの????」

大きな声で叫んでみるものの、自分の声だけが反響して返ってくるだけ。
誰もいないとなると、自分で出口を探すしかない。
夕鈴は更にあちこち歩き回る。

「また見覚えがあるところだわ。じゃあ、今度はさっきの所を今度は右に曲がってみよっうと」

迷子になってしまったというのに、何ともまぁ明るいものである。
取り敢えず自力で抜けだそうと、努力はしてみる。
しかしそれも一刻ほどまでで・・・出口どころか何だかドンドン奥に進んでしまい、
更に本格的な迷子になっていると気が付いてきた時には、さすがの夕鈴も少し焦り始めていた。

「実は私・・・完全に迷子になってる?どうしよう・・・どうやって入口に戻ればいいの??」

夕鈴はオロオロしてみるものの誰も答えてくれる筈も無く、
腕を組みながら短く溜息をつき途方にくれていた。




続。








【兎と僕の攻防戦・5】
2015年11月10日 (火) | 編集 |
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臨時妃 ・ 原作寄り


【注意事項】

こちらの作品は、前々ブログ『遥か悠遠の朱空へ』にて公開していた作品です。
今回こちらへ移行するに伴い少しだけ手直ししておりますが、
書いた当時の陛下と夕鈴の関係が浅いものでありましたので、
当時の雰囲気を残すべく糖度はあまりありません。
そのことを踏まえた上でお読みいただけます様、宜しくお願いいたします。   









その頃。
黎翔は、いくら探しても見つからない寵妃を想いイライラし始めていた。

「大体こんなに探しても見つからないとは有り得ない。
となると、これは李順の仕業だろうな・・・一体何がしたいんだアイツは」

誰もいない回廊で、黎翔は独りごちてみる。
刹那、頭上の木々が騒がしく震え自分だけの気配では無くなった事に、
何かが有ったのだと思わず身構える。
それが知る気配だと気が付くと、剣に軽く触れていた手を離して短く息を吐く。
 
「浩大だな、何があった?」

問い詰める声は、狼独特の鋭利で他人を跪かせる威圧感を醸し出していた。

「いや・・・・なんと言っていいのか・・・・」

浩大も狼の牙の餌食にはなりたくはないらしく、言葉を選んで報告しようとなりシドロモドロになる。
それが黎翔の癇に障ったらしく、更に語尾が強くなる。

「浩大!夕鈴に何かあったのだな。どうなんだっ!!」

浩大もこれ以上隠しておけないし端的に言わないとヘタしたら剣の錆になり兼ねないと懸命な判断をして、即座に黎翔に報告する。

「それがお妃ちゃんの護衛についていたヤツからの報告で、どうやらお妃ちゃん迷子になったらしいです。
後宮立ち入り禁止区域で・・・」
「後宮立ち入り禁止区域か?」
「まぁ・・・・そこなんだけどね~但し・・・・・」
「思いたくはないが・・・もしかして、あの場所か?」
「そう、その場所だったり~」
「あれは侵入者は阻むために作られた、迷路区域じゃないか!
きさま!それを、先に言えっっ!!」

言い終わる前に、黎翔は後宮へと走り出していた。
風を切るように。
かの場所へと。

後宮立ち入り禁止区域の入口に老師が佇んでいた。
それは、迷子になった夕鈴を探索にくる人物を。
しかしそれが珍しく息を切らせながら駆け込んできた黎翔の姿だった事に、老師は目をパチクリさせ驚いた。

あの狼陛下とも呼ばれている陛下が、たかが掃除娘が迷子になったくらいで飛んでくるとはホンに珍しいものじゃ。
これは、臨時じゃの何じゃのと側近眼鏡は言ってはいるが・・・・・・実のところは。

「一体これは、どう言うことなんだ!!!」

老師を見つけると、黎翔は開口一番老師に怒鳴りつける。
その余りの気迫に老師はすっ転んでしまい、お尻を擦る。

「後宮立ち入り禁止区域一帯は、老師の管理下のはずだがっっ。
何故、夕鈴が迷路区域になんぞに入り込んでいるんだ!」

黎翔の怒りに押されながらも、老師は言葉を選びつつ黎翔の様子を探る。

「陛下は、よほどあの掃除娘が心配とみえますな。
わしはあの娘には言っておいたんですがの、余り奥には行かんようにと・・・・」

背には青白い炎を纏い、瞳はいつにも増して深い紅に彩られている。
黎翔の表情は怒りの面となり、視線は老師を真直線に射貫く。
その様子に老師は『クワバラクワバラ』と唱えながら気休めとも取れる一言を黎翔に投げ掛けた。

「まぁ、陛下・・・・あの迷路区域は何日も出れない様な設計には為っておりませんぞ。
この後宮管理人たるわしが太鼓判を押しましょうぞ」
「ほぉ、では老師、聞くが迷路の道順は把握しているのか?」
「道順ですと?・・・・年寄りな故に忘れてしもうたわい。
大丈夫じゃよ、あの娘は頑丈に出来ておるしそのうち出て来るじゃろう」

無責任な言葉に流石の黎翔も口が出せなくなった。
もう老師は当てにならないと悟った黎翔は、そこらに控えているであろう隠密の名を当然の様に呼ぶ。

「浩大、今から奥へ進んで行くので付いて来い!!」

天井から軽々と降りてきた浩大は、神妙な面持ちで黎翔の前に跪く。
夕鈴を見失った件に関しては任命していた隠密の責任であるのだが、
その人選をしたのは浩大であり流石に少し責任は感じているらしい。

「あっそうだ、老師・・・言い忘れていたが、
私が戻って来るまでには道順を示した書簡を見つけておけ!いいなっっ!」

紅い双眸がいつにも増して深紅に光っており、『否』とは言えない状況を作り出していた。
もし見つけられなかったのならただの処罰では済みそうも無く、
老師は慌てて後宮書簡書庫へと文字通り小走りで回廊を右へ曲がって行き、辺りは音もなく静まり返った。

そして黎翔はその後ろ姿を見詰めながら昏い笑みを落とし、そのまま踵を返して奥へと進んで行った。



***********



「はぁ~~なんでこんなに似たような造りなのよ~~全く広過ぎて訳が判んない~~。
昔の王さまは、絶対に迷って目当ての女性じゃなくて別の女性の部屋に入ったりしていたわよ、絶対!!」

夕鈴はここが侵入者を阻む目的でワザと同じような作りにしているなんて、
後宮事情に詳しくないので知る由も無い。
ここが迷路であることなんて思いも寄らない夕鈴は、出口を目指して先に進む。
それがまた奥へと誘われているなんて、気づきもしないで・・・・。

しかしさすがにこうも出口に辿り着けなくなると、夕鈴も不安を覚えてくる。
この状況をどうにかしないと・・・と少し焦っていたのだが『焦りは禁物』と言い聞かせ、
別の事に想いを馳せていた。
そして、歩みは止めずにトコトコ、テクテク長い回廊を一人彷徨っていた。


後宮立ち入り禁止区域の奥深く、迷路地帯・・・・・・そこに二人の男性が入り込んでいた。
老師と別れ、足早にやって来た黎翔と浩大である。
この迷路地帯は幾重にも分かれ道があり、実のところ夕鈴が通った道がどれであるのか?見当もついてはなかった。
だから、しらみつぶしに幾本もの道を辿ることになる。
それでも、黎翔はそれを厭うことなく夕鈴を見つけ出すために進む。
そして不意に思い出したように、後ろから付いて来る浩大に声を掛けた。

「浩大、此処までの道順はシッカリと覚えているんだろうな」
「勿論っすよ。オレに任せて~」
「そうか・・・・では、引き続き頼んだぞ」

そう呟くと黎翔は黙りこくって、ただ先へと歩み続ける。
夕鈴の無事を想い、その花のような笑顔を思い浮かべながら。

ふぅ~ん、どうやら陛下はお妃ちゃんの事を心配の余り、此処までの道のりを覚えてないらしな。
めっずらしい事もあるもんだよ、あの人にしては。
まぁそれだけ本気ってことなのかね~~。

黎翔は後ろから付いて来ている浩大の事なんて全くお構いなしに、かなり早い速度でスタスタ歩いて行く。
浩大も遅れないように、且つ帰りの道順をシッカリと頭に叩き込みながら付いて行くのだった。




続。