≪ 2017 07                                                2017 09 ≫
 - - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 - -

【設定】

臨時妃 ・ 原作寄り


【注意事項】

こちらの作品は、前ブログ『遥か悠遠の朱空へ』にて公開していた作品です。
今回こちらへ移行するに伴い少しだけ手直ししておりますが、
書いた当時の陛下と夕鈴の関係が浅いものでありましたので、
当時の雰囲気を残すべく糖度はあまりありません。
そのことを踏まえた上でお読みいただけます様、宜しくお願いいたします。   瓔悠。












今日も、外は茹だるような暑さ・・・ここ何日かはこんな日が続いている。
聞くところによれば、この暑さに体調を崩して休暇を願い出る官吏もいるらしい。
そしてこの後宮も例外無く、ジリジリとした暑さに覆われていた。

確かにうだるような暑さではあったが、侍女さんたち総動員で団扇で煽いで貰っている夕鈴はそこまでの暑さは感じてはいなかった。
普段ならば、そんな侍女さん達に煽いでもらうだなんて申し訳無い!と断固丁寧に辞退するのだが、
昼休憩でお茶を楽しみに来ている陛下がいるということで、仕方なく享受していたのだった。

「この頃は特に暑いですが、陛下は夏の避暑はどうされていますか?」
「避暑か・・・私は暑いからと言って休んでいられないから、
冷たい飲み物を飲んだり冷たい食事にしてもらうくらいしかできないな」
「そうなのですね・・・」

氷が入った冷たいお茶を飲み干して、黎翔は答える。
そして夕鈴は直ぐに、空になった杯に新しいお茶を入れ直す。

「では、後宮の小川などで水浴びはしないんですね・・・・それは勿体無いですね、あんなに冷たくて気持ち良いのに」
「うん?気持ち良いって・・・・夕鈴、もしかして・・・入ったのか?」

黎翔は、つい杯を持つ手に力が入る。
見詰めた先にいる夕鈴は、残念そうな表情を浮かべているだけで、
黎翔の視線なんて気にも留めてないらしい。

「はい、先日暑い日に足を浸けただけですけど入りましたよ。
ホントは足だけでなく、ちゃんと入りたかったんですけど・・・・。
えっ、何かいけない事でも?実はあの小川って入ってはいけない所だったのですか?」

夕鈴は慌てて杯のお茶を飲み干したため、コホッコホッと空咳が出てくる。

「夕鈴・・・・君は、以後小川での水浴びは禁止!!いいねっっ」

黎翔の深紅の瞳がジッと睨んでいるようで夕鈴は少し怖い気もしたが、
いきなり禁止を言い渡されるのには納得がいかず再度聞き返す。

「何でですか?」
「何ででも!!」

理由は告げずにただ『否』という黎翔にやっぱり納得はいかないが、
狼の声音を出してくる黎翔に逆らうことなど出来る筈も無く、夕鈴は仕方なく了承だけしておいた。

「分かりました・・・・」

どうしてあそこまで頑なに止められるのかしら?
でもまぁ、陛下達が暑い中一生懸命お仕事されているのに私だけが楽しんだら申し訳ないわよね。
そうよ、バイト妃なのだから、陛下のお役に立てる事でも考えないといけないのよね。

冗談じゃないっっ。あの小川は官吏も通る回廊の近くじゃないか!!
夕鈴の可愛い脚を見せるなんて出来るか!!!

夕鈴は黎翔の想いになんか到底気がつかず、違う答えを導き出し一人ウンウンと頷いて仕方が無いと諦めたのだった。
そんな可愛らしい夕鈴の様子に黎翔は満足したのか、
杯の中のほろ苦い冷茶を最後の一滴まで丁寧に飲み干すと、
何かを思いついたように急いで部屋を後にした。

この後黎翔が夕方頃にふらりと王宮から居なくなり、
李順が血眼になって探していた事を後宮で過ごしていた夕鈴は知る由もなかった。
まして黎翔が王宮を抜け出した理由が夕鈴にあるなんて思いもよらない事であった。


*******

それから数日後。
暑い日に小川で水浴びしたのを咎められた夕鈴は、今日のこのムシムシとする暑さに身体が涼を求めて悲鳴を上げかけていた。

やっぱりこんな日は、水浴びをするには最高の日なんだけどなぁ~
どうして陛下はダメだっていうのかしら??
水中着で本格的に泳ぐ訳ではないのに。

「お妃様、陛下がお越しです」
「分かりました、お通しして下さい」

戸口まで黎翔を迎えるのに、夕鈴は長い裾を静々と音を立てず足で捌きながら歩いて行く
窓を開けきっているというのに、高温多湿な部屋では少し動いただけで背中に一筋の汗がツゥーと流れていく。
本当に今日は気持ちが悪いくらいジトジトして暑い。

「夕鈴、今日は暑いがどう過ごしているのか気になって・・・それとそなたの冷茶が飲みたくて此方に参ったが」

黎翔は手に包みを持って入ってくる。
夕鈴の髪がいつもと違いおくれ毛を残したまま高く結い上げられているのを見て、「ほぅ」と感嘆の声を上げた。
それと同時に、夕鈴の白い項に手を添えてきた。
夕鈴はその行為に驚いものの、『私はプロ妃!私はプロ妃』と繰り返し呪文のように唱えながら黎翔にされるがままになっていた。

「陛下、お逢いでき嬉しゅうございます」

夕鈴は淑やかに言いつつも、しかし手を添えられた項が熱を持ってその熱が全身を駆け回っている感覚に襲われていた。
頬も上気しているのも感じて、恥ずかしさのあまり両手で自分自身の顔を隠してしまった。
黎翔はそんな夕鈴の様子はお構いなしに、今度は指でおくれ毛を摘まんで弄ぶ。
我慢の限界近くに達した夕鈴の瞳は『やめて下さい』と訴えており、
更には全身から静かな怒りオーラが出ている。

お楽しみは此処までだな。

黎翔は夕鈴の項から手を離して、さっさと何も無かったようにドッカリと長椅子に深く腰かけた。
夕鈴も妖しい指からやっと解放され、安心してお茶の用意へと向かった。
項に残る暖かさと胸の高鳴る鼓動を抱えたままで・・・・。

そして黎翔から離れた卓で高鳴っている鼓動を何とか落ち着かせるようと、夕鈴は何度も何度も深呼吸を繰り返した
次第に落ち着いてくる鼓動に安堵して、今度はお茶を入れるのに集中することにした。

「あの・・・・こちらは冷茶です。今日は甘めの茶葉にしてみましたが、陛下のお口に合うとよいのですが」

零さないように黎翔に杯を手渡しながらも、黎翔が手にしている包みの中身が気に掛かりそちらをチラチラと見る。
何かしら、あれ・・・・結構大事そうに持っているけど、重要なものかしら??

夕鈴の視線に気が付いた黎翔は、ニヤリと口角を上げて微笑んでみる。
これが気に掛かっているみたいだな・・・と。
そして未だに怪訝そうな顔つきをしている夕鈴の様子に、黎翔は直ぐさま侍女たちを下げる。

「夕鈴、これが何か気になるんでしょ」
「はい、スミマセン・・・実は気になってしまって・・・それは何ですか?」
「夕鈴、顔に出過ぎているんだもん。僕、面白くって吹き出しそうになったよ」

そう言うと、黎翔はクスクスと思い出し笑いをする。
笑われた本人はと言うと、少し拗ねてそっぽを向いてしまった。

全く可愛いんだから・・・・ホントにこんなに可愛いから後宮に閉じ込めておきたくなるんだよね。
まぁ、そんな事なんて出来ない事は解りきっているんだけどね。

「夕鈴、これ僕からの贈り物だよ。ハイ、どうぞ」

黎翔は夕鈴に包みごと手渡す。
渡された包みを持つと夕鈴は深々と頭を下げ、お礼を言う。

「有難うございます。今ここで開けてもいいですか?」
「良いけど・・・・夕鈴に一つお願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
「お願いですか?な、なんですか?」
「うん、まずは承諾してから開けて欲しいから・・・どう?聞いてくれる?」
「承諾ですか?気になりますからお願いごとを言って下さい」
「まずは夕鈴が『いいよ』って言ってくれないと」

二人の押し問答は続く_。
しかしこのままでは埒が明かないし、いつまでたってもこの包みの中身も分からない。
夕鈴は言い合いしていても仕方がないと思い始め、自分が折れることにした。

「分かりました!お願いですね、聞きますから」
「じゃあ、これを着る時は必ず僕の前だけにしてね。もう一度言うけど、僕だけだからね!」
「着るですか?中身が何なのか、よくわかりませんが陛下の前でだけですね・・・・そうします」

念押しする黎翔に返事をしつつ包みを開けると、中から出てきたのは・・・・・・・。
可愛い桃色の水中着。

夕鈴の顔は真っ赤を通り過ぎて、深紅に染まっていた。
恥ずかし過ぎて、頭から湯気がでて今にも沸騰しそうである。

「こ、これは・・・・何でしょうか?」
「え、見て解らない?水中着だよ!!今度水浴びするときは、これを着てしてね。
それとさっき約束したけど僕が見ている時に着てね~。いや~~今から楽しみだよ」
「楽しみって・・・」

夕鈴はガックリと肩を落とし、不謹慎だとは思ったものの水中着を凝視しつつ『はぁ~~』と深い溜息を吐く。
そんな夕鈴を見ながら、作戦成功と満足げにニヤリと意地悪く微笑む黎翔がいた。





続。


スポンサーサイト

【設定】

臨時妃 ・ 原作寄り


【注意事項】

こちらの作品は、前ブログ『遥か悠遠の朱空へ』にて公開していた作品です。
今回こちらへ移行するに伴い少しだけ手直ししておりますが、
書いた当時の陛下と夕鈴の関係が浅いものでありましたので、
当時の雰囲気を残すべく糖度はあまりありません。
そのことを踏まえた上でお読みいただけます様、宜しくお願いいたします。   

そして此方は、【桃色水面1】内の幕間の話となってます。

瓔悠。






それはそう、黎翔が李順に内緒で王宮から姿を消した時の事。
一体何処で何をしていたのか?
それは黎翔にしか分からない・・・・・・・・。




「店主、此方には女性物の水中着があるとのことだが」
「はい、いらっしゃいませ。各種取り揃えておりますが、どのような物をお探しで?
うちは品ぞろえは豊富ですから、お客様のお気に召さない筈はございませんよ!!」

薄い生地質の灰色の外套を羽織った若い男性が、
小太りで商売上手そうな店主に質問を投げかけてニヤリと微笑む。

「そうだな、髪は薄茶で細身の女性に贈りたいのだが、直ぐに用意できるだろうか?
余り露出してない物を好むのだが・・・」
「左様ですか・・・でしたら、この通路の奥に可愛らしい方がお召しになられるとお似合いのものがありますよ。」

目当ての右手で指し示しただけで店主は案内をする風も無く、椅子にどっかりと座り込んだ。

これは、自分で気に入ったものを選べということか・・・。
しかしその方が余計な押し売りなどされずに自由に選べるから良しとすべきだな。

黎翔は一人、店主の指し示した通路へと一歩足を踏み入れた。
その教えられた売り場を遠くから眺めると、居るわ居るわ妙黎の女性達が。


「まぁ、これも新作よ!」
「見てっっ、これは大胆な作りよ!!これなら男性の瞳を釘付け、間違い無しよ!!!」
「でも、可愛らしさを強調する方がいいんじゃない?」

女性達は、かしましく水中着談義を繰り広げている。

あの中に自分のみでいけと・・・・。
はぁ~~正直、勘弁して欲しいものだな。

振り返ると店主はキリキリとお金の勘定をしており、協力する気は更々ないという意思が見える。
仕方なく腹を括って黎翔は、賑やかな売り場へと近付いた。

「これは?これ見てよっっ」
「きゃ~~可愛いわね~」

まだ談義は続いているが・・・外套を羽織っているとはいえ見目麗しい男性の登場となり、
かしましい女性達は揃って全員頬を染め、先程と打って変わって売り場はシーンと静まり返る。

「ここに水中着があると聞いて来たのだが・・・」

黎翔は女性達が見ていたので、一応断わりを入れてみた。
低くて艶のある声が頭上から降ってきた為か、夢見心地だった女性達も一斉に我に返る。

「は、はいっっ!こちらです。あのう~一つ聞いてもいいですか?
水中着はなんの為に購入するんです?だれの為です?
まさか、自分の為なんて言いませんよね」

その内の一人が遠慮がちに、しかし大胆に黎翔へ質問する。
 
「いや、自分の為では断じてない。
実は愛しい人に贈るのだが・・・それがどうかし「キャ――聞いた?」」

黎翔が言い終わらないうちに歓声が上がる。
そして間髪入れずに、女性たちは自分の言いたいことを口々に言って騒ぎ立て始めた。

「良いですね~~彼女さんにですか?羨ましいです」
「一度でいいから、私も彼女さんのように大切にされたい~~」
「彼女さんと一緒に水遊びなんですね~~いいなぁ~~」

全く元気なものだな、これが下町気風か。
そう言えば、夕鈴の友だちの・・・確か明玉とかいうのもこんな感じだと言っていたな。

黎翔は気を悪くする風も無く、女性達の元気の良さに感心していた。
それと言うのも、先程から夕鈴を『彼女さん』と断定され連呼されているのが嬉しかったのである。

「じゃあ良かったら、私達が彼女さんの水中着を選ぶお手伝いをしましょうか?」
「そうだな・・・では、お願い出来るだろうか?」
「「「是非に!!!」」」

女性達はハモリつつ、すでに目は色とりどりの水中着を選んでいた。
何点か出してみて、黎翔に見せてみる。
黒の背中空きの物や水色で胸元が大きく空いている物・・・・更には小花柄の上下が別れている物など、
それこそ様々な種類を次々に出してくる。
その様子に、黎翔はこんなに種類があるのかと感心を示す。
女性達は気を良くして、色々と黎翔に一つずつその水中着を着た時に強調される女性の魅力について語っていく。
黎翔も負けじと、女性達の語りに頷きながらも駄目出しをしては選び直しをしてもらっていた。

そうこうしているうちに、半刻が過ぎていた。
段々と売り場の水中着が出しつくされようとしたその時、女性達の視線が一つの水中着に注がれた。

「では、これではどうだ~~~絶対にバッチリだと思いますよ」

黎翔の前に差し出されたのは、桃色の水玉模様の可愛い水中着。
首の後ろで紐を結ぶ種類のものだから、黎翔が結んであげれば更に仲良くなれると女性達は大威張りで主張する。

黎翔も夕鈴の着た姿を想像してみて似合いそうだと・・・『うんうん』と頷き、妖艶な笑みを浮かべた。
そして女性達に一言告げる。

「では、そなたたちもこれで彼氏と仲良くなれるのではないのか?」
「そうですね~~~それにはまずは彼氏ですけど・・・・。
でも、これいいかも?!私達もこの形の物にしようか?・・・・確か違う柄があったよね」

黎翔が放った鶴の一言で、あんなに中々決まらなかった女性達の水中着もすんなりと決まった。
店主へお金を支払い店を同時に出た所で、女性達と別れることに・・・。

「彼女さん、喜ぶといいですね」
「お幸せに~~私たちも頑張りますね」
「お礼を言っていなかったな・・・そなたたちのお蔭で良い品を購入できた。
礼を言おう、ありがとう」
「いいえ、とんでもないです!!私たちも楽しかったですし」
「そんな・・お礼だなんて・・・」

女性達は黎翔の言葉に恐縮しつつも、やはり見目麗しい黎翔の姿にポっと顔を赤らめながら手を振り歩いて行った。


女性達の姿が完全に見えなくなった所で、黎翔も王宮へと足で向けた。
その足取りは軽快で跳ねているようだった。

黎翔の思いはすでに後宮の唯一の花へと向けられており、
後日夕鈴に手渡す際の反応を楽しみに想像しながら、ニヤリと微笑んだのだった。





終。 


【設定】

臨時妃 ・ 原作寄り


【注意事項】

こちらの作品は、前ブログ『遥か悠遠の朱空へ』にて公開していた作品です。
今回こちらへ移行するに伴い少しだけ手直ししておりますが、
書いた当時の陛下と夕鈴の関係が浅いものでありましたので、
当時の雰囲気を残すべく糖度はあまりありません。
そのことを踏まえた上でお読みいただけます様、宜しくお願いいたします。   瓔悠。














夕鈴は、上機嫌に部屋を後にした黎翔の去った戸口を見詰めて再度嘆息を吐いた。
心境は、どんよりと今にも雷雨にでもなりそうな灰空色と言う感じであった。
手に持った水中着をしげしげと見詰め、眉間に皺を寄せていた。

いつしか侍女も戻ってきており、長椅子で難しい表情で水中着を見詰めている夕鈴を遠巻きに見ていた。

「お妃様、恐れながら其方は陛下からの贈り物で御座ますか?」
「ええ、陛下が先程いらした際に頂きたのですけど・・・」

頬をポッと赤らめ言葉を紡ぐ夕鈴に、周りの侍女たちは『お妃さまは本当にお可愛らしくて素敵だわ』と感動に似た感情を皆が感じていた。

「その水中着は、街で話題の最先端のもので御座いますね」
「そうなの?そういうものに私、疎くて・・・よく分からなくて」
「首で紐を結ぶものは今年の流行だそうで、売り切れ続出だそうです」
「お妃様、そのお色とお柄も素敵ですね。桃色の水玉模様は今年初めて出たものらしいですわ」
「まぁ、そうなのね・・・」

侍女さん達は本当によく知っているわね~しかし一体何処でそんな情報を仕入れるのかしら?
下町では今まで本格的に泳ぐ機会なんてなったから持ってなかったけど、これが今年の流行りなのね。
確かに可愛いけど、これを陛下の前で着るの?
恥ずかしくて、穴があったらではなく穴を掘ってでも入りたいぐらいだわ。

キャイキャイ盛り上がっている侍女たちを尻目に、夕鈴は一人考え込む。
そして近日中に・・・いや下手したら明日にでも着ないといけない日が来る事を想像して、
夕鈴は気が重くなっていくのを感じていた。


*******


そんな夕鈴の様子なんて知らない黎翔は、自分の策略を楽しげに思い足取りも軽やかであった。
政務室に戻ってきた黎翔はいつになくご機嫌で、うず高く積まれた書簡の山も不平不満一つ言わず精査して印を押捺していた。
そんな黎翔の様子を一番喜んでいたのは、他の誰でもない李順であった。

夕鈴殿のところで何があったかは分かりませんが、政務をこなして頂けるのは有りがたい事ですが。
しかし先日の様に急にどちらかに出掛けられても困りますから、キチンと監視しておかないといけませんね。
あっ、そうそう!この上ないほどの上機嫌な内に、決済頂く書簡を揃えておくことにしませんと。
残りは何処に置いてありましたかね・・・・・・。

側近殿はこの好機にと眼鏡を拭き拭き眼を光らせ、
『陛下仕事詰め込み作戦』を実行に移そうと密かに画策していた。

李順が更に用意した書簡も二刻程であらかた押捺して官吏に指示も出し終わった黎翔は、
執務室に場所を移して夏の少雨対策を講じる為に資料に目を通していた。
ふと、頭を上げて見ると此方をいぶかしげに見ている側近の視線がとかち合った。

「李順、どうしたの?さっきから視線を感じるんだけど」
「いえ、今日はいやに政務に精が出ていらっしゃるなと思いましてね。
夕鈴殿と何かありましたか?」
「ああ、それは昼に水中着を渡して約束を取り付けたからな」

急に狼の気配を醸し出していた。

「そんなもの・・・・いつの間にご用意してらしたのですか?」
「先日、下町へお忍びで下った時に」
「先日とは?もしかして・・・」
「ああ、お前が血眼で私を捜していた日だ。それはそれは楽しいものであった。
女性物のみを取り扱っている店だったから若い娘に取り囲まれ、
『あれがいいだ』の『これが今年の流行だ』のと色々と世話を妬いてくれ、
挙句に『彼女に贈るのですか?』と問われ『ああ愛しい人へと贈るのだが』と答えると、
奇声が上がり更に店がどよめいて店主は苦笑いをしていたぞ。」

黎翔はたった今の事の様に楽しげに話して聞かせていたのだが、
李順はというと眉間に深い皺を寄せずり落ちた眼鏡を指で直しつつあきれ果てた表情を浮かべていた。



************



その日は直ぐに訪れるかに思われたが、連日の振り続く雨で小川は濁った茶色の水が流れ、
水嵩も増しており水遊びどころではなかった。
夕鈴は鈍色の空を仰ぎつつ例の水中着を着なくて良いという安堵感と、
折角陛下が用意して下さったのにという申し訳なさとが半々で心を占め、奇妙な感覚が鬩ぎ合っていた。

黎翔も中々晴れない空を忌々しく感じ、窓越しにチッと舌打ちをしていたのであった。
更に降り続く雨により道路が冠水してしまい流通がマヒしているとの報告がきたため、
その対応に追われそれどころではなかった。
そのせいで政務室に缶詰め状態が続き、後宮に足を向ける事も叶わず五日間も夕鈴に逢っていなかった。
その為か、いやそのためであろうが政務室には夏だというのに冷たい空気が始終漂い、
雷雲は遥か彼方に過ぎ去った筈なのに怒号が響き渡っていた。

官吏たちも連日の雨の対応で急ぎの案件処理に忙殺され、
ついには体調不良を訴える者が続出し、それにはさすがの李順も頭を悩ましていた。
そして優秀な補佐官の二人・・・そう方淵と水月は、方淵はいつにも増して眉間に皺を寄せつつも黙々と抜けた官吏の穴を補完すべく文字通り走り回っていた。
一方の水月は雨が2.3日振り続いた時点で王宮で姿を見たものは誰一人としておらず、
自宅に引き籠って長期休暇を満喫していたのであった。
しかし余りにも忙しかったせいもあり水月が出仕していない事に気がついていたのは、
ごくわずかの官吏だけでそれすらもどうでもよい事として認知されていた。
それくらい皆忙しい日々を送っておりそのお陰もあって迅速な対応となり、
滞っていた物資流通も早くに解決しまた冠水被害もそこまで拡大せずに済んだのであった。

全てが解決した日の夕方、嬉々として後宮へと向う黎翔の姿が回廊のあちこちで目撃され、
これで政務室も陛下の機嫌急降下による異常気象も解消されると官吏たちは胸を撫で下ろしていた。

「夕鈴、このところの雨で気分が塞ぎこんでいるのではないのか?」

後宮唯一の妃の部屋に着くなり、愛しの妃の腰をガシッと強く攫いながら軽く抱くと温もりを確かめた。
夕鈴は侍女がいる手前、拒絶するなんて叶わなかった。
黎翔の胸の中で自分の体温が急上昇していくのを自身では止める事が出来ずに、
次第に震えていく身体を自分でも持て余しジッと銅像の様に耐えていた。

侍女一同は国王夫婦の仲睦まじい様を久方振りに見たことで相変わらずの寵愛に安堵したのか、
スッと音も立てず退出して行った。
侍女の気配が無くなると同時に満足したかのように夕鈴から離れ、優雅に長椅子に腰かけて夕鈴をジッと見詰めると悠然と微笑んだ。
余りの鮮やかさに意表を突かれ、夕鈴は先程の行為について追及する気もすっかり失せて隣にストンと腰かけた。
ただまだドキドキする鼓動を鎮めようと目の前にある桃を手に取ると、
慣れた手つきで素早く剥くと長めの楊枝に突き刺し黎翔へと差し出した。

「陛下、冠水対策が緊急を要しているのだと女官の方より聞きましたが、ひと段落ついたのですね。
本当にお疲れ様でした」
「そうだね。あらかた終わったし、そろそろ多雨の時期も終りを告げる頃だと思うからゆっくりと出来るだろうね」
「それは良かったです。官吏の方も随分と大人数が療養休暇を取っていると聞き及んでいますし・・・まぁ方淵殿は相変わらず精力的にお働きのご様子だったとの事ですが」
「誰から聞いたんだ?」

急に声が鋭利になったことで、夕鈴は桃を持つ手が自然に小刻みに震えてきた。

「いえ・・・侍女の中に官吏とお知り合いの方がいるらしくて・・・陛下がお見えでないからお寂しいでしょうからと。
少し皆さんの様子を教えてくれて・・・方淵殿はやはり柳家の方で憧れている侍女も多いらしくて。
情報が沢山入ってくるらしいので・・・それで・・・」

夕鈴はどう説明すれば誤解なく解ってもらえるのかを考えながら話しているので、
しどろもどろになってしまっていた。
そんな夕鈴の誠実さを伺いしれて自分の嫉妬心が恥ずかしくなり、
黎翔は夕鈴の白い手を取ると叱られた小犬の様に項垂れる。

「夕鈴、ごめんね。あんまりにも方淵や他の官吏の事を気にしているから・・・夕鈴は僕のお嫁さんなのに」
「いや・・・陛下、私は臨時花嫁ですよ」

殊更に『臨時』に力を込めて、自分にも再認識させるように言い放つ。

「臨時だろうと何だろうと、僕の妃に変わりないんだからね。
だから、僕の前で他の男性の話はしないように。いいね!!」

黎翔は夕鈴の言葉を疑いはしなかったが、一応釘は刺しておく周到さを如何なく発揮していた。

「あっそうそう、先日約束していた事だけど・・・もう2、3日晴れが続けば、
あの小川も元の清涼な流れに戻ると思うから楽しみにしているよ。一緒に水浴びしようね」
「は、はい。そうでしたね」

うわ~~なんか陛下の目キラキラしてない?
すっごく嬉しそう・・・・これは逃げられないという事なのよね。
そろそろ覚悟を決めないといけないようだわ。

しばらく他愛のない話をしてまた政務に戻った黎翔を見送ると、
夕鈴は直ぐに箪笥の中から例の水中着を取り出して姿見の前で自分に当ててみる。
確かに桃色の水玉で可愛いとは思うし、着てみたいという興味も少しはある。
ただ下着のように露出している部分が多過ぎるのが恥ずかしいだけ・・・。

でも私の為に用意してくれているのだから着て見せないと申し訳ないし、
直しっぱなしにしておくことのは勿体無いわよね。

寝室に入り人払いを済ませると深く息を吸い込んで静かに吐く。
そして意を決したように踝まである衣裳をするりと脱ぐと、
誰も居ないのだからと自分を安心させ下着も外し寝台の上に丁寧に置いて代わりに水中着を手に取った。

両足をまずは入れて見て、少しずつ上へとあげていく。
どうしてサイズが解ったのか疑問が残るがぴったりとしており、まるであつらえた様であった。
上半身まで綺麗に着てしまうと後は首の紐を結ぶだけ。
両手を後ろへ回し器用に結ぶと姿見で自分の姿を映してみたが、恥ずかし過ぎて直視する事が出来なかった。
取り敢えずサイズはぴったりだったのは解ったので、直ぐに妃衣裳に着替え水中着はそのまま箪笥の奥底に直し込んだ。



続。


【設定】

臨時妃 ・ 原作寄り


【注意事項】

こちらの作品は、前ブログ『遥か悠遠の朱空へ』にて公開していた作品です。
今回こちらへ移行するに伴い少しだけ手直ししておりますが、
書いた当時の陛下と夕鈴の関係が浅いものでありましたので、
当時の雰囲気を残すべく糖度はあまりありません。
そのことを踏まえた上でお読みいただけます様、宜しくお願いいたします。   瓔悠。







黎翔の予言は見事に的中していた。
あの水中着に初めて袖を通した日から、丁度3日後・・・・・・その日はやって来たのだ。

その日は朝早くから蝉がジィーーと大音量で鳴いており、さながら演奏会でも開いている様な錯覚に陥りそうで。
まだ日も高くないというのに背中には汗が流れ、ジトジトベタベタ・・・不快指数はぐんぐん急上昇していた。
恐らく気温もウナギ登りで上がっており、このままいくとあの長雨の後から一番暑い日になりそうだった。
 
「お妃様、今日はお暑い様ですので、冷たいお食事に致しましたが宜しかったでしょうか」
「はい、そうですね・・・有難う御座います」

侍女の方々は私の体調を常に考えてくれる・・・本当の妃でもないのに。
本当に申し訳無いばかり・・・・。

夕鈴は侍女たちに軽く会釈して感謝の意を表していた。
全く以て、感謝してもしつくせないのである。

私は、何度有難うと言えば良いのだろうか?

夕鈴はそんな事をボンヤリ考えながら食事を取っていたので、思ったよりも中々箸が進まない。
傍で仕える侍女はこの暑さでお妃さまは体調が悪いのではないかと心配して夕鈴の様子を見ていたが、
出した食事はすべて食してしまったようなので一安心して、個々の仕事に戻って行った。

朝餉を済ませると暑い事も手伝ってか何もする気が起きないが、
そうも言っておられず掃除バイトにでも行こうかなと侍女に伝えようとしていた正にその時、
陛下の渡りを告げられた。

「夕鈴、今日は暑いが体調は大丈夫か?」

暑さには全く堪えていないというように涼しい顔で、黎翔は静かに入って来る。
もうとっくに政務は始まっている時刻。

何故陛下は、後宮の寵妃の部屋なんぞに居るというのだ。

よっぽどポカンと呆けた顔をしていたのだろう・・・黎翔はニヤリと口角を上げ、寵妃の頬を掠める口づけを攫う。
予測通り夕鈴は目を白黒させ口をパクパクしている様を、
黎翔はクックッと忍び笑いをしながらしっかり観察しつつ楽しんでいた。

「夕鈴、侍女達が見ているよ」

黎翔が耳元で囁くと、夕鈴は顔を真っ赤に染めながらもみるみる背筋がピンとなり見るからにお妃然となった。
そんな様子を微笑ましく見ていた黎翔だが、可愛らしい夕鈴を独り占めしたくなりそそくさと侍女達を下げる。
二人っきりになると、夕鈴は先程の黎翔の所業に対して直ぐに抗議を入れる。

「陛下、侍女がいるにしても・・・あれはやり過ぎです!」
「たまにはあれくらいしないと、寵愛が薄くなったなんて思われてはいけないからね。
何事にも念には念を入れないと」

ニッコリと笑顔を見せながら、夕鈴の手を取るとワザとらしく手の甲に口づけを落とす。
ビックリして慌ててと手を引っ込めようとするものの、力強い黎翔に阻まれ夕鈴は大きな溜息と共に断念したのだった。
ドキドキし徐々に高まる鼓動を体中で感じつつも自分ではどうする事も出来ず、黎翔に手を取られ窓辺まで移動した。

「夕鈴見てごらん、今日は晴れて雲一つないよ。先日の約束には絶好のお天気だよね~」
「先日の約束?」
「覚えてない?ほら、一緒に水浴びしようと・・・・」

決して忘れていた訳じゃない・・・あの水中着を着ないといけない事を考えると、
さすがに恥ずかしくて誤魔化そうと悪あがきをしてみただけ。

「あっ、そうでしたね。ただ陛下は政務がお有りなのでは?
李順さんがそろそろいらっしゃりそうですが。」
「それが今日は大丈夫なんだよ!ここ何日か夕鈴の顔も見に来たいのも我慢して頑張って、
一通り政務に目途はつけたんだ。だから今日は休暇だよ」

語尾に『ルン』とでもつきそうな程上機嫌で話している黎翔を見ていると、
小犬が盛大に尻尾を振ってご褒美を強請っている幻覚まで見えそうである。
そうなると、これ以上は何を言っても駄目なんだろうなぁと諦めの境地に陥ってくる。

「分かりました!!では、水遊びに行きましょうか・・・」

踵を返し、戸口に向かう夕鈴の腕を黎翔は素早く掴む。

「夕鈴、何処に行くの?僕が贈った水中着は?」

逃がさないよ・・・と妖しい笑みで夕鈴に迫る。

「えっ、着ないとダメですか?」
「ダメっっ!!僕が折角夕鈴の為に選んだのに・・・。
凄く思案したんだよ、夕鈴に一番映える物をと骨を折ったんだからね。
来てくれないと、水中着が勿体無いよ」

『勿体無い』・・・この言葉に夕鈴は敏感に反応する。
正しい庶民感覚が『勿体無い事をしてはイケナイよ~~』と夕鈴を追い立てる。

「分かりました・・・そうですね・・・勿体無いですよね・・・では着替えて参りますので、少しお待ちください」

足取りは少し重そうだが、そそくさと寝室に入っていく。
そんな夕鈴を長椅子に腰かけながら、ニヤニヤと眺める黎翔の背中には黒い羽が生えているようである。

寝室に入ると夕鈴は過日箪笥の奥底にしまい込んだ水中着を取り出し、姿見の前で当ててみる。
いきなり着るのでは恥ずかしくて、まずは姿見で自分の姿を慣れさせる為である。
でも今一歩なのに、中々着る勇気が出来ない。

この前は他の人には見られる事はないと解っていたから、直ぐに着れたのよね。
でも余り陛下をお待たせする訳にはいかないし・・・・でも・・・・恥ずかしいし。

陛下を待たせるのはマズいという理性と恥ずかしいという羞恥心がせめぎ合う。
でも夕鈴は意を決して、女は度胸よ!と覚悟を決め・・・短く一言、掛け声を掛けた。

「えいっ」

気合いを入れ、妃衣裳をするりと脱ぎ右足から入れてみる。
両足を入れるとなんだかもう慣れっこになってしまい、スルスルと着れてしまう。
やはり肌にぴったりと張り付いて、大きくも小さくもない丁度いいサイズだった。
そして後残すは頸の後ろの紐を結ぶだけとなった。

その時、居間から黎翔の声が発せられる。

「ゆうり~~ん!着てみた~~~?首の後ろの紐は、僕が結ぶんだからね~~~結ぶ前に出てきてよ~~~」

何ともまぁ上機嫌で、夕鈴の恥ずかしさを堪えて着ている苦労なんて全く気付かず一人楽し気である。
夕鈴はと言うと・・・今から結ぼうとしていた手が止まり、水中着からすらっと伸びた両足まで真っ赤になって姿見の前でカチコチに固まっていた。
寝室の中の気配が消えたのを察知した黎翔は、帳の向こうで夕鈴が固まっている様子を容易に想像できクスッと笑みを漏らした。

「ゆうりん~~~大丈夫?」

なんともまぁ、原因を作った発言をしていて全く悪びれていないのである。

このまま結ばずに出て行くべきなの?
陛下には申し訳無いけど聞こえてなかった振りをして、自分で結んでいくべきなの?

黎翔の声で正気に戻った夕鈴は、さてどうするべきなのだろうと真剣に考えていた。

でも陛下の手を煩わせるのは忍びないと・・・そう、夕鈴は黎翔が結んでくれるのは、
ただ単に自分では結びにくいであろうと親切心で言っていると物凄い勘違いをしており、
黎翔が下町の女の子が言っていた『彼女と仲良し作戦』を実行しようとしているなんて、
全くと言っていいほど考えも及んでなかった。

夕鈴は素早く紐をキュッと結んでしまうと、そのまま部屋を出ようとした。
キラッと窓辺から差し込む光に輝く姿見に映しだされたのは、
桃色の水中着を身に纏いほんのり薄桃色に染まった肌が露わになった自分の姿。
余りの露出にこのままではイケナイと兎の防衛本能が夕鈴に教えてくれている。

狼に食べられてしまうと・・・・

夕鈴はう~んと唸りながら、狼対策を考え込んでいた。





続。





*************




この先、分岐します。

通常バージョンと禁断(?)の裏バージョンとへ。

裏バージョンの記載先は、新ブログ『水晶の夢、瑠璃色に染めて』となっております。
新ブログは裏バージョンの作品のみとなっておりますので、鍵付きとなってます。
鍵につきましては、このブログの記事の 
【お知らせ】 PASS請求について(新規) ・・・・に記載してます。
ご興味のあるゲスト様は、そちらへお回りくださいませ。

宜しくお願いいたします。

瓔悠。


【設定】

臨時妃 ・ 原作寄り


【注意事項】

こちらの作品は、前ブログ『遥か悠遠の朱空へ』にて公開していた作品です。
今回こちらへ移行するに伴い少しだけ手直ししておりますが、
書いた当時の陛下と夕鈴の関係が浅いものでありましたので、
当時の雰囲気を残すべく糖度はあまりありません。
そのことを踏まえた上でお読みいただけます様、宜しくお願いいたします。   瓔悠。










寝台の上に置いてあった薄い夏用の膝掛けを持ち上げると、身体に巻いてもう一度姿見で見る。
肩から膝まできちんと隠されており、これで帳の外で待つ狼対策もばっちり!と安心して帳を開けて寝室を後にした。

「わぁ~~」

黎翔は感嘆の声を挙げた後は、夕鈴の姿を上から下までジックリと見惚れていただけだった。
華奢な撫で肩から伸びる腕は白く透き通る滑らかな肌が続き、その腕でシッカリと頸紐が落ちないように抑えている。
そして桃色の水玉模様の水中着越しからでも解る柔らかそうな双丘。
太ももの真ん中程度まで桃色の水中着の襞が被い、その下から覗くのは白くすらっとした両の足。
恥ずかしさを強調するようにホンノリと薔薇色に染まった艶やかな肌。
文句のつけようのない完璧な肢体で黎翔を虜にしてしまいそうである。

「あの・・・余り見ないでください」

瞳を潤ませ、紅を差してなくても薄桃色に染まった唇から紡がれる懇願の言葉は、
どうしようもなく黎翔の庇護欲と独占欲を駆り立てる。
夕鈴は恥ずかしがりながらも頸紐が解かれている事が気に掛かるようで、
胸の上ではだけない様に抑えている手を離す事が出来ない。

「僕が頸紐を結んであげるから、こっちに来て後ろを向いて」

ニッコリとご機嫌に笑うと、手招きをして夕鈴を誘う。

どうやら、逃げる事は最早出来そうにないわ。
ここは大人しく陛下の申し出を受けた方が得策・・・・・なのよね、きっと。

「では、お願い致します」

頭を下げた後、黎翔にゆっくりと近づき結び易い様にそのまま目の前に立った。
黎翔は待ってましたとばかりに両肩に乗っている頸紐を素早く持つと、
薄茶の柔らかい髪の毛をそっと左右の肩に分ける。
そこには日焼けしていない真っ白な項が露わになり、夕鈴の髪から花の様な芳しい香りがふんわりと立ち昇る。
黎翔はその芳香にクラリと眩暈を覚えながらも、真白の項には極力当たらないように気を付けて頸紐を即座に結び、両肩に分けた髪を元に戻した。
纏めていない柔らかそうな薄茶の髪は窓からの風でサラサラと揺れ、
真後ろで見ている黎翔は思わず触ってみたくなり無意識に自身の掌で優しく撫でていた。
夕鈴は、黎翔の無意識行動に身動き一つ出来ずに、文字通り『銅像』化していた。

もう頸紐は結んで下さった様だから、振り返ってお礼を言ってもいいのかしら?
このままだといつまで経っても小川には行けそうもないし。
行けないとなると、この衣裳はまだ脱ぐ事は出来ないと言う事で・・・。

「陛下、有難うございましたっっ。無事に頸紐も結べた様ですので、当初の目的の水遊びに参りましょう」

夕鈴は振り返りニコッと眩しい太陽の様な明るい微笑みを見せ、
黎翔の腕を引っ張って戸口に向かおうとした。

「夕鈴・・・そのままだと、回廊で他の者に逢った場合がマズイから」
「あっ、そうですねっ!侍女さん達が見たらビックリしてしまいますね。
では先程の膝掛けを巻いて行きましょう。」   
「いや、侍女達でなくて」
「えっ、他に誰かいましたか?」
「もういいよ・・・・・・・」

夕鈴の鈍感さには全く呆れるよ・・・全く。
何故夕鈴と同性である侍女に対して警戒する必要があるんだ。
僕以外の男性に対してだと如何して気が付かないんだ!

しかし男性に免疫のない夕鈴に、自分が注目の的になりうると気が付いて欲しいと言う方が酷である。
意識の距離は、夕鈴と黎翔とではかなりかけ離れているのだから。
気が付かないのなら教えるしかないのである。

「夕鈴・・・侍女ではなくて、回廊には官吏がたまに横切って庭園に方に抜けて行く者もいるのだから、
そんな所にこんな可愛い格好の寵妃が現れたら・・・どうなる?」
「そうでした・・・考えが足りずに申し訳ありません」
「ホントだよっっ、じゃあこれを纏って」

先程の膝掛けではなくそれよりは少し小さいが、
湯上りの際に使用する大判の手ぬぐいを夕鈴に手渡し身体に纏わせた。
これならば男性の好奇の視線もかわせ、水遊びをした後にも身体を拭けるので一石二鳥と言うものだ。
これで黎翔の心配事は無くなり、心置きなく出掛けられる事となった。

「では、夕鈴」

優しい眼差しで夕鈴を見ていた黎翔が、そっと手を差し伸べる。
でも当の夕鈴は、どうしてよいのか解らず戸惑ってしまい身体が固まってしまった。
けれどそんな夕鈴にはお構いなしに、黎翔は強引に夕鈴の手を握り締めた。

「行こうか、我が妃よ」
「・・・・・はい、陛下」

回廊に出るということで、黎翔が纏う雰囲気が狼のものに変わる。
それを感じた夕鈴も寵妃の受け答えをしたのだった。


***********




回廊を横切り飛び石の続く先には目指す庭園が有り、
その奥に入ると草が生い茂った先に清水の湧き出た小川があった。

「わぁ~~綺麗ですね」

日差しで水面はキラキラ宝石箱を引っ繰り返したかの様に色とりどりの光りが反射して、瞳に飛び込んでくる。
庭師によってキチンと整備された小川のようで、川岸は置き石で囲まれており周りには季節によって咲き変わる花々が植えられていた。
夏の盛りの今は薄桃色の夏水仙、赤色の姫檜扇水仙が所々で咲き誇っている。

夕鈴は川岸に座り込み、キラキラ光る水面の上澄みを両の手で掬ってみた。

「冷たくて、気持ちいい~水も透き通っていますよ~」

子供の様にはしゃぐ夕鈴を見詰めながら黎翔の表情は破顔していた。
夕鈴と水遊びに興じる事が出来る喜びを感じていたのだ。

「夕鈴、そんなに覗きこんでいると落ちてしまうよ」
「陛下、大丈夫ですって!!それよりも水が冷たくて気持ちいいですよ。
陛下も手を浸してみて下さいよ。涼が取れますよ」

振り向いて無邪気にニコッと微笑む寵妃は、否応が無く黎翔の胸を高鳴らせる。
直ぐにでも纏っている手ぬぐいを外して、夕鈴の肢体を僕だけのモノにしたくなる。
そんな独占欲が首をもたげてきて抑えきれなくなり、気が付けば黎翔は夕鈴を後ろから抱き締めてしまっていた。
髪からは陽光の匂いが立ちこめ、黎翔の頭の芯をクラクラさせる。
その香りに包まれ、黎翔は抱きしめた手を更に強め、夕鈴の身体をグイッと自身の逞しい胸に引き寄せた。
そして抱き締めたはずみで夕鈴の身体を覆っていた大判の手ぬぐいがハラリと肌蹴て、
微かに震える細い肩や薄桃色に染まったスラッと伸びた足が露わになる。
 
「へいか・・・・あの・・・どうなさったん・・・ですか?」

突然の黎翔の行動に慌てふためき、夕鈴は言葉が詰まり出なくなった。

バイト妃だからこんな事を喜んではイケナイのよ。
だけど本当は嬉しい・・・けど。

そんな相反する感情に夕鈴は戸惑っていた。
そして自分自身を如何していいのか解らず、身体をピクリとも動かせなくなっていた。
気が付けば、黎翔にされるがままで固まってしまっていた。


どれほど刻が経ったのか?
どれとも刹那だったのか?

・・・・・蝉の大音量の鳴き声が耳を劈き、二人は我に返った。

黎翔は後ろ髪を引かれつつ抱きしめた手を離し、夕鈴は居ずまいを正すと何事もなったかのように肌蹴た手ぬぐいを傍の置き石に掛けた。
そして小川の真ん中くらいまで入って行き両手で水を掬い振り返ると、
ニコリと口角を上げ微笑みそのまま『それっ』と黎翔に向かって浴びせた。

「冷たいよ~~~夕鈴」
「冷たいでしょう!!でも気持ちいいと思いますが、どうですか??」
「そうだね・・・結構気持ちいいね」

夕鈴は気恥しさを隠すために、敢えて楽しい雰囲気を出して先程の事は忘れてしまおうとしたのだった。

「陛下も入って下さいよ~~~水嵩はそんなにないですから、水中着が無くても大丈夫ですよ」

夕鈴は嬉しそうに足先で水を蹴って雫を遠くに飛ばしていた。
そのパシャパシャ音を立てて水面が揺れるさまは、二人の今の落ち着かない心情を物語っている様だった。

「じゃあ、僕も入るとしようかな・・・折角の夕鈴のお誘いだし」

片目を瞑りいたずらっぽく笑う黎翔に、やっと緊張が解け夕鈴は手招きして同じく笑ってみせた。
そうして黎翔は濡れる事も構わずズンズン入ってきたかと思うと水を掬って夕鈴に投げかけ、
あははと愉しげに声を上げて笑っていた。

「ほらっ、さっきのお返しだよ」

水嵩は膝よりも下ほどで夕鈴は生足で水の冷たさを感じていたが、
黎翔は衣裳が濡れ足に張り付いた衣裳越しに水の感触が伝わっていた。
衣裳がひんやりと肌に触れ、その冷たさにジリジリと肌に差す暑さはとうに何処かに行ってしまった様に感じて、この水遊びは正解だったと痛感した。

しばし童の様に水の掛け合いこをして笑い合っていた二人だが、
ふと空を見上げてみると遠くの空に出来上がった大きな入道雲が徐々に空の大半を占めてきていた。
更には微かに遠雷が耳の奥深くに届き、雨が近い事を教えていた。

通り雨がくる!!!

二人はそう確信して無言で水から上がると夕鈴は傍の置き石に置いてあった手ぬぐいを肩からふんわりと掛け、雫の付いた身体を拭いた。
ふと隣の黎翔を見ると、濡れた衣裳を絞りながら妖艶な瞳で夕鈴を見ている。
いや、盗み見をしていると言った方が正しいだろうか。

陛下が見ている・・・・私、何かヘンなの?

自分の姿を見回して、確認してみるも何処もヘンなところはなく首を傾げた。

『水も滴るイイ男』なんて言葉が有るけど、夕鈴の姿はさながら水の精霊とでもいったところだな。
やっぱり水中着を贈って正解だった。
こんな艶やかな夕鈴を見る事が出来たからね。

夕鈴は自分の姿が男性を誘う色香が備わっていることを全くと言っていいほど理解しておらず、
しきりにおかしいところがないか入念に調べていた。
そんな夕鈴が可愛くて、クックックッと声にならない笑いをコソコソとする黎翔だった。


「陛下、何かおかしい所でも?」
「いいや・・何もないよ。夕鈴、雨が落ちだす前に戻ろうか?」
「はい」

二人は連れ立って肩を並べて歩きだした。

「また、夏の間にもう一度二人で 楽しもうね」
「ええ・・・」

ハッキリと『はい』と言えないのは、もう水中着を着るのは恥ずかしくてコリゴリだと思ったからである。
しかしその後夏は駆け足で去って行き、水中着は箪笥の奥深くで静かな眠りに就いたままで取り出される事は無かったのであった。




終。


瓔悠

Author:瓔悠

現在の閲覧者数:
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -