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2017.12.02 (Sat)

【約束は、叶える為にある・5】

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「こんな朝も早くから、なんだよ。
何か用なのか?」

いつもとは違う出勤時間に驚いている様子の几鍔。
その怪訝そうな表情に向かって、夕鈴は真剣な瞳をぶつけた。

「あのっ!あんた・・・いや違う、几鍔に訊きたいことがあって」
「オレにか?」
「そう、お願いがあるの・・・・・その、私の事を色々と教えて欲しくて。
私の知らない私を、私を無くした私に。
几鍔しか頼れなくて!だから・・・お願いしますっっ!!」

夕鈴は捲し立てると、そのまま直立不動で深く頭を下げた。
その生真面目な姿勢に、几鍔が更に驚きの表情を浮かべる。

「改まって何だよ・・・・気持ち悪ぃな。
そんな事くらいお安い御用ってもんだよ」
「ゴメン・・・・・ありがと」

緊張した面持ちだった夕鈴がフゥと息を吐き出して、柔らかく微笑んだ。
それを見て、几鍔は照れた様に自分の頭をガシガシと掻いた。

「そうだな・・・お前が覚えていない事って言えば、何だったっけな。
ああ、そうだな。まずお前は、家から出て住み込みで王宮で働いてたんだ」
「はぁ?私が??
そんな、私とトンと縁がない所でどうして働いているのよ」
「確か、お前の親父さんが見つけてきたとか言っていたな」
「父さんが??」
「まぁな」

几鍔の言葉に、あからさまに嫌そうに顔を歪める夕鈴。

「はぁ~~~。それってまた博打処なんかで、
博打の借金の肩に王宮勤めの方から無理難題を押し付けられたとかじゃないの?」
「さぁな・・・その辺りの経緯をオレは知らないんだよ」
「それなら・・・・私は王宮でどんな仕事をしてるの?」
「それは下女だと言ってたな・・・王宮の隅っこを掃除しているとか。
それ以上の事はオレも知らないし・・・・多分、親父さんも知らねぇんじゃないか?
そう言えば、お前・・・・借金しているとか言ってたな」
「はい?借金、ですって~~~~~。
私ってば、何をしたぅって言うの??」
「知らねぇよ」

夕鈴は、目を白黒させて口はアワアワと戦慄いている。
その様子が余りにも滑稽で、
笑いを堪えようとしていた几鍔も耐え切れず吹き出ししまっていた。
しかしその笑いも直ぐに引っ込んでしまう。
それは、そう・・・几鍔の目の前の夕鈴の薄茶の目が座っていたからだ。

「借金の事は、今は取りあえず置いておくことにするわ。
それよりも、他には?もう無いの?几鍔が知っていることはっっ!」

夕鈴はせっつく様に、几鍔へと質問を投げかける。
肩を窄めながら、その先をポツポツと几鍔は言葉を紡ぐ。

「そこでお前は、王宮の役人の李翔と言う輩と出会った様で・・・。
お前が休暇で宿下がりをして来る度について来ていたんだ」
「役人の李翔さん???・・・・・・・ゴメン、覚えが無い」
「だろうな。覚えていたら、お前が家に帰って来てる筈は無いしな」
「うん?どういう事よ」
「お前が覚えていないんだから、オレはそれ以上の事は言わねぇよ。
(言う訳ないだろうが!恋敵に塩を送る様な真似は)」

黙りこくった几鍔に、なおも食いつこうかと夕鈴は思ったが、
キリッと引き締まった表情の几鍔にはもう訊く事が出来なかった。

「まぁ、いいわ。
それで他に知っている事は?」
「お前が少し体調を壊したとかなんかで、実家に帰ってきたんだよ」
「そこは知っている・・・・・覚えているわ。
でも、誰が連れて帰って来てくれたのかは・・・・・分からない」
「オレが知っている事は、これくらいだ」
「そう・・・・・・・・ありがと」

夕鈴は、俯いて唇を噛んだ。
あの人の事は、よく分からなかった。
でも、夕鈴は気付いていた。

あの時、自分を訪ねて来てくれた人は、『李翔さん』だという事を。
そして、自分がしなくちゃいけない事を。

だって!借金返済が終わっているのか、分からないし。
それに・・・・・・・・・・・・・・・・。
あの人のあの哀しい瞳が忘れられないから。
きっと何かあったんだ。
私とあの人との間に。

それを知らないと、前には進めない。
だから。
私は。

『王宮に行く』

「几鍔、ありがとう。
私は私を取り戻すわ」

そう溌溂と言葉を投げて、夕鈴は踵を返した。
几商店を後にして、向かうは遠くにそびえ立つ王宮。

駆け出した夕鈴の後には、狼陛下の有能な隠密が人知れず追いかけていた。


続く。





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2017.10.13 (Fri)

【約束は、叶える為にある・4】

【設定】

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あの人って、私にとってどういう人だったんだろう・・・・・。
あの憂いを帯びた深紅の双眸が忘れられない。
私・・・もっとあの人の話を聞いていれば良かったのかしら。
そうすれば、あんな切なげな瞳をさせずに済んだの?


気が付けば、あれから瞬く間に1週間が経っていた。
―――ああ、眠れない。
今夜も眠れそうにない。

いっぱい考えても。
今更、後悔しても。
もう、きっとあの人はここへは来ない。
多分。

「ああ、こんな事なら・・・・もっときちんと聞いてあげれば良かった。
でも、今の私にとっては知らない人だし。あの時はああ言うしか・・・・」

暗い室内に響く、自分自身の声。
窓から入り込む月光は、薄暗く頼りない。
今宵の月は、その形が無くなる一歩手前。
それは、自分の心を写し取った様で。
とても切なくなってくる。

「はぁ~~~~~~」

長いため息。
それは、誰かに聴かせるものでも無く。
ただ、ため息でも吐いてないとやってられないって感じで。


「こんなの、私じゃないっっ!!うじうじしてるなんてのは、性に合わないわね。
こうして立ち止まって考え込んでいるのは、汀 夕鈴じゃないわ!」

夕鈴は寝台から立ち上がると、片手を天井に向けて突き上げる。
その握り締めた拳に決心を乗せて・・・・。

私は、自分自身の記憶を積極的に取り戻す努力をする!
そうすれば、少しは打開策も考えつくだろうし。
それに、あの人が私にとってどういう関係の人なのかも分かるはず。

「もう遅いし・・・兎に角、寝よう」

夕鈴は、寝台に横たわると静かに目を閉じた。
しかし直ぐには眠れず、何度も寝返りを打つのだった。



********



朝が来た。
夕鈴は、ガバッと寝台から跳ね起きた。

少々寝不足気味は否めないけど、
今日も几鍔のところのお店のバイトが待っている。

両手を天井に向けて、高く上げながらゆっくりと身体を解す。

「私が行動を起こさないと、私は私に戻れない!
だから、頑張らないと」

正直・・・今まで辿ってきた自分のこれまでの事を青慎にしても父さんにしても、
更には几鍔にしても訊こうと思えば訊けた。
でもそれを自分の意志で、徹底的に避けてきた。
心の奥底に眠る、得体の知れない恐怖が首をもたげてくるのを避けたかったからだ。

でも、もうそんな事は言っていられない。
ずっとこのままという訳にはいかないから。
そろそろ潮時な気さえする。

「誰に一番に訊けば、良いんだろう?
父さん?・・・いや、父さんはあまり分かっていない様な気がする。
じゃあ、青慎?・・・あまり青慎には気を使わせたくないわね。
官吏登用試験も近い事だし。
なら、やっぱり几鍔位しかいないか・・・。
まぁ、アイツは私に『いつでも力になるから』って言っていたし、
こんな時に頼るのも悪くはないか」

夕鈴はそそくさと準備をすると、いつもより早目に家を出た。
善は急げ!とも言う事だし、朝の内に几鍔に捕まえるのが得策だと思ったから。

通りは朝早くから露天商が準備を始めていて、活気が満ち溢れていた。
それを横目に見つつ、夕鈴は几商店へと足を運ぶ。
その活気に触れて勇気をもらった気持ちになった夕鈴は、足取りも心なしか軽くなっていた。

「おはようございます!!」
「あら、夕鈴ちゃん!今日は早いわね」
「あの・・・・女将さん!几鍔はいますか?」
「ああ、あの子だったら奥にいるけれど」

店先を掃いていた女将さんに出会い几鍔の所在を訪ねると、
昔からのよしみで直ぐに家の方へと招き入れてくれた。
夕鈴も勝手知ったるという具合に、ズンズンと中へ入って行った。

ドキドキする胸の鼓動を抱えて、夕鈴は自分自身に戻る為の第一歩を踏み出した。
それは、心の奥に眠る『約束』と『恐怖』を同時に抱える事になるのだった。




続く。













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2017.10.09 (Mon)

【桂花の庭で】

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「いい香り・・・」

一人歩きの途中で見つけたひっそりと静かな、庭園。
誰も気にも留めないであろうその場所は、
キチンと剪定もされていない大きな桂花の木が2本植わっている。

その鬱蒼と茂る葉の合間から見えるのは、小さな橙色の桂花。
小さな桂花は、花全体で人々を誘う様な清らかな香を振りまいている。

それが夕鈴には大層いじらしく思えて、思わずフワリと微笑んだ。

「花咲くこの時期に一生懸命自分の元へと引き寄せようとするのは、
それこそこの花の本能みたいなものなのかしらね・・・・・」

ポツリと呟いてみても、誰からも返事なんて返ってはこない事を十分に分かっている。
一人きりでここに居るだから・・・。
でもそうせずにはいられないは、きっとこの香りのせいなのだと夕鈴は思う。

多分きっと、自分はこの花の様には出来なくて。
そんな事をしなくても、自分しかいない後宮では必要無い事で。
それがどんなに恵まれていることなのか、
分かっているつもりでも本質はきっと分かってはいなくて。

何だか、自分が情けなく思えてくる。

「はぁ~~~~」

夕鈴は、大きなため息を見上げた青空に向かって吐き出す。

「幸せ過ぎると・・・いつ、そのしっぺ返しが来るのかが分からなくて怖くなるものね」
「いっぺ返しなんて、そんな事が来ることはない」
「・・・・・・・」

夕鈴はこの声の主が誰か?なんて、分かり過ぎる位分かっている。

「陛下・・・・・」
「夕鈴は、ほんとにそんな事ばかり考えているんだから。
僕は君しか要らないって言っているし、その考えがこの先変わる事は無い」
「でも・・・・国の為には、そんな事を言えない時が来るかもしれませんよ。
だから、私は大丈夫です。ちゃんと、その覚悟は出来てます」

覚悟が出来てる?
出来てる。
ホントに?
出来てる・・・・はず。
『はず』としか言えないの?
それは『出来てはいない』のでは無いの?

自問自答してみて、『大丈夫』だと胸を張って・・・・答えられなかった。

「私は・・・・・・大丈夫です・・・よ。
だから、陛下は・・・・・・陛下が大切な事だと判断なさった時に、
どうぞ、私の事は気にせずに・・・・・・」
「どうしてそんな事を言うんだ」
「・・・・・・・」

言えなかった。
言えるはずは無い。

私の耳に入る小さな、雑音。
誰もが願う、自分の一族の繁栄のための邪魔な存在。
排除出来るものなら、今すぐに。
そう、王家の血脈が続かぬ前に。

『何処かの大国の姫が正妃になれば、自分の一族の娘も後宮に入れられる』
『どこぞの馬の骨とも分からぬ妃は、早く排除されれば良いのに』
『陛下も古から続く後宮の正しい有り様をご理解下されば、
今の様な歪な有り様が改善されるというのに』

何処からともなく、聞こえてくる雑音。
それは誰が言っているのかなんて、自分には分からない。
跳ね除けるだけの力が・・・後ろ盾が自分にはない。

ただ、あるのは・・・・陛下を大切に想う心だけ。
それだけしかない。

「夕鈴は何を憂いているのかは分からないけど、
何も心配する事なんて無いんだよ。
僕が傍にいて欲しいと願うのは、君一人だけなんだから。
それに、僕はそんな後宮に沢山の人質の様な女人を入れねばならない様な国にはしないから」
「でも・・・・・・」
「だから、君は僕だけを引き付けていればそれでいいの。
この桂花の様に」

サァーと風が吹く。
葉が揺れ、小さな花をも揺らす。
辺り一面に広がる、桂花の香。

その香りを胸いっぱいに収めようと、目を閉じ息を吸い込んだ。
瞬間―――。
自分の唇に、温かい感触が触れた。

「ううぅ、っっ」

強く抱き締めれた身体は、身動き一つ出来ない。
桂花と陛下自身の匂いが同時に香ってくる。

夕鈴の胸の奥に去来するのは、確かな安堵。

「夕鈴だけだから。
僕を信じて」

囁かれた言葉は、耳奥にこびりついた雑音を跳ね返すだけの威力を伴っていた。

「私は、きっと一番幸せ者ですね」
「そりゃ、そうだよ!この国一番の男に愛されているのだから」

目を開くとそこにあったのは、得意気な表情を醸し出す端正な陛下の貌だった。
夕鈴は、ただただ・・・・・・そっと微笑んだ。

二人を包む香は、風に乗せられて空高く舞い上がっていった。



終。




庭先で香る桂花。

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13:52  |  夫婦設定  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2017.09.09 (Sat)

【約束は、叶える為にある・3】

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そう、あれは――――。
下町に帰して、少し経っての事だった。
兎に角、早く記憶を取り戻させたくて・・・。
自分の焦りが引き起こした事。

予想もしなかった。
まさか自分が、夕鈴の瞳に気圧されるだなんて。
『狼陛下』とか言われている自分が、
恋した相手に対して何も出来無くなるなんて思わなかった。


その日、政務を何とか片づけて、夕鈴の様子見に行った。
下町に帰してからは、浩大に張らせている。
何か、事が起こってはいけないから。
でも、李順は言う―――『あそこは、お妃様の実家であり、
更には誰も夕鈴殿がお妃様である事は知らないのですから、
危害を加えられるなんて事は万が一にもありませんよ』と。

しかし自分の唯一の花がもし危険な目に遭ったりでもしたら・・・と考えると、
万全を期してしまうのは仕方が無い事だろう。

漸く、夕鈴に逢える。
それだけで、浮かれていたのだと思う。
だからすっかりと忘れていたのだ、記憶が無いという事を。

訪ねて行った玄関先で変わらぬ姿を見て、思わず口元が綻ぶ。

「夕鈴っっ!!ようやく逢いに来れたんだ。
君がいないのは、太陽の光が雲間に隠れているようだよ。
今すぐにこのまま連れて帰りたいよ」

久々に会う目の前の夕鈴を、愛しさの余り我慢出来ずに抱きしめたのだ。

「放してくださいっっ!!一体あなたは誰なんですか?
私に何の用なのっ!!放さないと大声で人を呼びますよ!!」

僕の腕の中に囲われた身体を抜け出そうとして精一杯捩りながら、
キッと睨みを効かせる薄茶の双眸。
僕の事なんて、見た事も無い様な視線を向けてきた。
そこで、はたと思い出した。
そうだった、夕鈴には僕の記憶が無いの・・・・・だったんだ。

怯えからくる怒り。
そんなものを夕鈴から感じて、僕はパッと腕から開放してやった。
すると夕鈴はすぐさま4、5歩後退り、僕から距離を取って自分自身の身体を抱きしめていた。

そんなに、怖かったのだろうか―――。
言い知れぬ虚脱感が、身体を走り抜けた。


「ごめんね・・・久々に逢えたのが嬉しくて、思わず抱きしめてしまったんだ」
「・・・・・・そう・・・・なんですね。
分かりました・・・でも、もうしないで下さい。
私はあなたが誰なのかも分かりませんし・・・・」
「そうだったね、僕は李翔と言うんだ」
「李翔さん、ですか・・・・・・スミマセン、私と関係がある人なんですよね?」
「勿論だよ」

う~~んと唸りながら、夕鈴は考えている。
けれど全く思い出す気配もなく、コテンと首を傾げてしまった。

「いいんだよ、ゆっくりと思い出してくれればいいんだから」
「はぁ・・・・・・そうですね。それで、私に何か用だったんですか?」
「いや、用って程の事ではないのだけど」

言えなかった、ただ逢いたくて来たのだという事を。
これ以上、怯えさせる訳にはいかないから。

微妙に流れる、何とも言えない空気。
玄関の外から聞こえてくる下町の喧騒だけが、耳に入ってくる。

何か言わねば。
でなければ、きっと夕鈴は家の中に入ってしまう。
そうなれば、もう出て来ることは無いだろう。

何でもいいから。
何か話題を。

「今、どうしているの?」
「今って?」
「ああ、何をして過ごしているのかなと思って」

そんな事は知っている。
浩大から毎日報告を受けているのだから。
でもそれでも。
会話が出来れば、ここに居る理由になる。

「・・・・言わないといけませんか?
知らない人に」
「っっ」

絶句した。
二の句が継げぬとは、こういうことだ。

「そうだね、確かに」
「ですよね。で、ご用は何ですか?」
「いいんだ、君が健やかでいるのなら」
「ありがとうございます」

夕鈴はニッコリと微笑んで、僕を真っすぐに見ていた。
でもその瞳に映る僕は、夫ではない唯の他人。

もうこれ以上、何も言えなくて。
一言だけ。

「失礼するよ」
「はい、さようなら」

夕鈴は、ゆっくりと一礼をした。
その礼は、李順から仕込まれた妃然とした優雅なモノだった。



続く。






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17:09  |  夫婦設定  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2017.07.08 (Sat)

【約束は、叶える為にある・2】


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こんな事が起こるなんて、思いもしなかった―――。

なぁ~~んて。
そんな事を思うのは、自分の立場では都合が良いのだろう。
いつ何が起こるのか分からないのが『白陽国の狼陛下』と言う立場であって、
それが例え甘受出来ないことであっても平然とした表情で受け入れ無ければならないのだろう。

黎翔は、今日の政務を一気に終わらせたところで天井を見上げる。
折角早く政務を終わらせたって、意味なんて無い。
だって、ここには愛しい人がいないのだから。

「はぁ・・・・・・・・」

吐きたくもないため息が自然と出てくる。

―――ため息を吐くと、幸せが逃げるんですよ。

鈴を鳴らすような声が、耳に届いた気がした。
これは、空耳だ。
黎翔はキチンと理解している。
けれど・・・それは理性が理解していることであって、感情はそれについていけない。

「陛下、今いい?」

遠慮気味に、外窓から声が掛かる。
外に放っている浩大だ。

「ああ」
「今日も、変わりなし・・・・だよ」
「そうか」
「まぁね~~元気に働いてた」
「そうか」
「それで、あの例の金貸し君が甲斐甲斐しく面倒見てくれてるみたい」
「そうか」
「へーか、大丈夫?」
「道具に心配されるとはな、私も落ちたものだな」

自虐めいた言が、黎翔の口から放たれた。
それを浩大は聞こえない振りをしてクルリと黎翔に背を向ける。
そしてそのまま去り際に、一言だけ声を掛ける。

「それじゃあ、また明日」
「ああ」

黎翔は、浩大が消えた後も卓上に肘をついて何をする訳でもなく呆けていた。
今日の分の政務も終わった今、何もする気が起きない。

夕鈴がここから下町に帰って、既に半月。
何も事態が変わらない事に、黎翔は正直イライラしていた。
直ぐに、帰って来てくれると思っていた。
しかし、それはただの幻想であって。
現実はそう甘くは無かった。
未だ、夕鈴は記憶を取り戻す気配もなく。
下町の生活に何の違和感も無く、溶け込んでいるみたいで。


ねぇ、君の夫はここに居るんだよ。
夕鈴は寂しいって思わないのかい?
僕は、夕鈴のいない後宮は見たくないんだ。
だから、そこにはあれから行っていないんだよ。

逢いたいんだ、夕鈴。
君の笑顔が見たい。
君を抱きしめたい。
君の香りを感じたい。


黎翔は再度ため息を吐き出す。
自分が下町まで出向いて夕鈴の記憶を取り戻す為に働き掛けたいけれど。
自らが動くわけにはいかず、ここで浩大の報告を待つだけで・・・・。
それももう限界の域に達しようとしていた。

でも、黎翔は動かない―――いや、動けないのだ。
それには実は理由があった。

それは夕鈴の記憶が無くなって下町に帰して、少ししてからの出来事だった。



続く。











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